食い逃げというものを試してみよう、と言いだしたのは土岸だ。
一九九四年、高校に入学した彼は、この土岸と知りあった。
自分にないもの、自分に足りないものをたくさん持っていた土岸に、彼はすっかり傾倒し、ハマっていくことになる。
入学式の日、新しいクラスでは自己紹介が行われていた。その中に一人、大きな図体でおかしなことを言う者がいた。
「土岸です! 女の子にモテモテの高校生活を送りたいと思います!」
でかい体にでかい声に、土岸という変わった名字。見た目はザ・柔道部という感じだったが、実際には野球をやっていてポジションはファーストらしい。
座席は五十音順に並んでおり、彼と土岸は隣の席同士だった。
「小森谷、よろしくな。おれ土岸ね」
土岸は柔和な笑顔で話しかけてきた。ああ、とか何とか返事をしながら、彼は少し驚いていた。
人見知りしないというか、躊躇いがないというか、この男にはそもそも、遠慮という概念がないようだ。明らかに自分とは異質の人間だ。
だから友だちになるというよりは、クラスの名物になるこの男を、隣の席で眺めている感じになるんだろうな、と思っていた。
だが土岸は、何をするのにも彼を誘ってきた。
「なあ、おれ、このクラスの女子に告白するよ」
高校生活が始まってまだ三日目なのに、土岸はそんなことを言いだした。
まじかよ、そんなことがあるのかよ、と思っていたら、翌日、フラれたと報告を受けた。一体誰に告白したのかすらわからなかった。
後にわかったことだが、土岸は一年で二桁の女子に告白するようなヤツだった。
クラスメイトだけで四、五人に告白したし、その全てのケースで、初めて見たときから好きでした、と矛盾することを言った。
街で見かけた中学時代の後輩に告白し、高校の先輩に告白し、バイト先の事務の女性に告白し、とにかくちょっと可愛いと思った女性に次から次へアタックした。
初めて会った人に、その日のうちに告白したことさえあった。
言わなきゃ損、というのが、高校生になった土岸を支配していたロジックだった。
土岸は見るからにモテなそうなヤツで、返ってくるのは当然、「ムリ」とか「ごめんなさい」だ。だけど気にしたり凹んだりする様子は一切ない。
そんな土岸と学校でつるみ、一緒に帰り、街に遊びに行った。土岸が一ヶ月で野球部を辞めると、さらに二人の関係は強固になり、一緒にいるのが日常になった。
中学時代は遅刻したことのなかった彼だが、ある日、土岸と一緒に遅刻してからは、それが普通になってしまった。
昼飯を食べるためだけに高校に行っているような日々が続き、学校に行かない日も増えていった。
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