「こんにちは、王生際ハナコです」
「……よろしくお願いします」
僕は今日これからこのハナコという女と作戦会議とやらをする。初めてのことなので勝手がまるで分からない。この後は一体どういう流れなのだろう。というか、人生29年目にして今日初めて会った人に、どこからどう説明すれば、この悩みは正確に伝わるのだろうか。
そんなことを考えながら涼太が会釈をすると、ハナコはニッコリと微笑んだ。今から自分がどんな時間を過ごすことになるのか見当がつかない。
「お名前書いてもらっていい?」
ハナコは持っていたノートを開くと、ピンクのボールペンと共にこちらに差し出してきた。
「あ、はい」
ノートを受け取って書き込んでいると、その様子を見ていたハナコが話しかけてきた。
「字、上手だね」
「……そうですか?」
「うん。いくらでも読みたくなる字。いいなぁ」
「ありがとうございます」
そんなことを言われたのは初めてだ。涼太は、褒め言葉をあまり真に受ける方ではなくて、軽く聞き流すタイプだが、ハナコのそれはなんだかストンと届いた。本当にそう思っているんだろうなぁ、そう思った。
「山川涼太くんね。うん。すごく、っぽいね。顔に合ってるね」
「え、そうですか?」
言っている意味がわからず「どの辺が?」という気持ちでそう返すと、ハナコはそれを読み取れたようで「字面が。川っていう字と涼っていう字がね、ああ似合う、って感じ。爽やかというか、涼しげというか」と続けた。そしてそこで意味ありげに一拍置いてから「冷めてる、というか?(笑)」と言い、ニヤリとイタズラっぽく微笑んだ。
涼太はドキリとした。核心をつかれたような気がしたのだ。
「何歳?」
「え、あ、29歳です」
「そうなんだ。オッケイ」
ハナコは、涼太の書いた名前の横に「(29)」と書き込むと、ペンを置き、まっすぐに涼太の方を向いて「最初に大切なことを伝えておくね」と前置きをし、話し始めた。
「私は占い師ではないので未来の予言をする係ではありませんし、心理カウンセラーでもないので心の治療もいたしません。 私の仕事は、お悩みを解決することです。一緒に、あなたの人生の問題解決をします。具体的に言うと、あなたが欲しい未来を手に入れるための作戦を、一緒に考えるというわけね」
涼太は占いにも行ったことがなければカウンセリングにも行ったことがない。だからハナコのこの説明には正直ピンと来なかったが「はい、そのつもりです、だからこそ僕はここに来たんです」という気持ちでうなずいた。
「そのことのために、今日から取り組めるミッションを決めて、あなたの人生を動かしていきましょう」
ミッション……そう僕はそれを求めてここに来たのだ。ずっと、具体的な解決策が欲しかった。
「で、今日はどうしたの? 何か悩みがあるの?」
「あ、はい。あの……」
言うことは決まっている。が、言葉が喉につかえてしまった。人に相談するのが初めてだからか、なんだかすごく緊張する。ハナコがこの部屋に来る前に、佐藤という受付の男が出してくれたお茶をひとまず一口飲んでみる。深呼吸をする。よし。
「僕、彼女ができたことがないんです」
「そうなんだ!」
「そ、そうなんです……!」
「29年間1度も、ってことだよね?」
「はい、そうです……」
「そっかそっか」
さあ、どう来る王生際ハナコ。どう解決したらいいか、分からないだろう。涼太がそんな気持ちでハナコに視線を向けると、ハナコは先ほどからずっとそうであるようにすごくリラックスした様子だった。
「それって、好きな人ができたことがない、ってこと? 彼女にしたいと思えるほどの相手に出会えたことがない、っていう悩みなのかな? 」
「え、あ、いや、好きな人はー……できたことは、あります、一応……?」
「そうなの? それっていつ頃?」
「……中学生の頃と高校生の頃……とか……」
「そっか。その時はどうして付き合わなかったの?」
「え、どうして? えーと……そういう流れにならなかったから?」
「なるほど。 高校卒業後は、進学したの?」
「はい、専門学校に行きました」
「何の?」
「今の職業に就くための、そっち系の学校に」
「今、何やってるんだっけ?」
「プログラミングを。プログラマーです」
「そっか。で、その専門学校の時は、好きな人できなかったんだ?」
「はい。というか、女子がほぼいなかったので」
「なるほどね。で、卒業して、就職したと。就職後は? 好きな人は?」
「できてないです。出会いもないし」
「なるほどね」
質問をしながら、ハナコはカルテを作るように(というかカルテなのだろう)ノートに涼太が答えた言葉を書き込んでいく。
「中高生の頃に好きな人ができた時は、告白とかは、したの?」
「してないです」
「なるほどねー」
ハナコは合点がいったような顔をすると、ノートに「告白はせず」と書き込んだ。
「今日ここに来たってことは、彼女が欲しいってことだよね?」
「え、あ、はい」
「オッケイ」
何がオッケイなのだろう。こんな悩みどうやって解決するのだろうか、と考えながら、涼太が次の言葉を待っていると、ハナコがペンを置いた。そして大事な話を始めるような顔つきになり、まっすぐ涼太の方を向いて話し始めた。
「涼太くんは、彼女ができたことがないっていうか、作ろうとしたことがないよね」
「え」
「できたことがなくて当たり前だよ。だって作ろうとしたことがないんだもん」
思ってもみない言葉だった。そんなこと誰からも言われたことがなかった。
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