医学の進歩が作る不安
医学の進歩は何のためにあるのでしょうか。
それは病気の不安を減らし、安心して暮らせるようにするためでしょう。しかし、今、医学が進歩したおかげで、かえって不安が増しています。発がん物質、放射線、遺伝子異常、新型ウイルス、メタボリック・シンドローム、骨粗鬆症、うつ病や認知症等々。
少しでも健康に、少しでも安全にと、情報を求めれば求めるほど、新しい病気、新しい脅威、新しい不安材料が出てきて、心の休まる暇がありません。
血液検査の結果を気に病む人も多いし、血圧が心配な人は一日に何回も測り、高い値が出るとやたらと深呼吸をして、納得のいく値が出るまで測ったりします。がんノイローゼや認知症恐怖症みたいな人もいます。それらはすべて、情報が多すぎることによる煩わずらいです。
「まえがき」にも書いた通り、私は外務省の医務官として約9年間、海外暮らしをしました。
そのとき各地の状況を見て、日本の医療は果たして人々を幸福にしているのかと、大いに疑問を感じました。たとえば、パプアニューギニアの奥地の村では、血圧を気にする人はいません。血圧計がないからです。発がん物質や認知症の情報もありませんから、不安を抱くこともなく、日々を淡々と過ごしています。
もちろん、彼らの生活のほうがよいと、単純に考えているわけではありません。パプアニューギニアの平均寿命は60歳そこそこですから、日本よりかなり短命です。しかし、ハラハラ、ドキドキしながら長生きするのと、短命だけれど気楽に過ごすのとの、どちらがいいのか。医療に携わる者として、真剣に首を傾げます。
気楽で長命なのがいちばんいいでしょうが、長生きしようと思えば、あれこれ情報も必要になり、健康管理もしなければならず、嗜好品も制限され、過度の遊びや夜更かしも御法度となり、ほかにもいろいろ我慢・心配させられて、少しものんびりできません。
そのジレンマから脱するためにも、医学とはそもそも何かを知ることも有用でしょう。
健診を毎年受けると短命に?
健康診断は法律で義務づけられているので、企業などでは毎年、従業員に受けるよう指導しています。しかし、健康診断をすれば寿命が延びるというデータはありません。やったほうがいいだろうという思い込みで行われているのです。