死への恐怖を「哲学」は消し去ることができるのか?【第1回】

「とっつきにくくてわかりにくい」「でも人生の役には立ちそう」。本連載は、そんなやっかいな哲学を「冴えない青年が、古代ギリシア生まれの哲学者ゾンビ先生から学んでいく物語」です。哲学とは? この世界とはいったいなんなのか? この物語を読むあなたの人生はどう変わるのか……。書籍『(推定3000歳の)ゾンビの哲学に救われた僕(底辺)は、クソッタレな世界をもう一度、生きることにした。』より特別連載です。

 今から約2500年前にゾンビになってしまい、現代まで生き(死に)続けてきたゾンビ先生は、その間、あまたの偉大な哲学者たちと共に世界の真理を探求し続けてきました。ゾンビ先生は、現代まで生き(死に)続けている経験を生かし、哲学者たちの古い知恵を「かぎりなく身近でユーモア溢れる例え話」を用いて、冴えない青年ひろに教えます。
 それでは、ゾンビ先生の哲学授業のはじまりです。

我々にとって「死」などというものは存在しない

ひろ 怖い……怖いよう……助けてゾンビ先生……

先生 どうした。なにが怖いんじゃひろよ?

ひろ 死ぬのが怖いんですっ!! 僕、ふとした時に「自分もいつかは死ぬんだなあ」って考えると、怖くてたまらなくなるんです。

先生 なるほど。相変わらず、おまえはアホじゃのう。

ひろ なんで!!

先生 「死」などという、ありもしないことを恐れているからおまえはアホじゃ。

ひろ なぜありもしない!! ある! 死はある! 迫りくる!! 遅かれ早かれ!! スーナー オア レイター!!

先生 よいか。古代ギリシアの哲学者エピクロスは言った。

「なぜ死を恐れるのか? 我々が存在する間に死は存在しないし、死が存在するならばその時にはもう我々は存在しないというのに」

ひろ うんーと、難しいなあゾンビ先生。もう少し噛み砕いてくれませんか?

先生 よしわかった。ガブリッ!

ひろ ぎゃ—痛いっ(涙)!! 僕を噛まないでっ!! やめて!! ゾンビになっちゃう!!!

先生 ほっほっほ。安心せい、甘噛みじゃ。

ひろ 甘噛みでも噛むのはよしてっ!! わずかなミスが命取りだから!! 噛み砕いてっていうのは「わかりやすく」っていう意味でしょ!!

先生 ひろよ。おまえは「死んだ後に死んだことを苦しんでいる人間」を見たことがあるか?

ひろ え?

先生 葬式の会場で、「痛い!! 苦しい!! 俺死んじゃってる!!」「辛い! 死ぬのがこんなに辛いだなんて!! 誰か助けて!!」と、嘆く死人を見たことがあるか?

ひろ まあ、これまでのところはないかな……

先生 そうじゃろう。人は死んだ後に苦痛を感じることはないし、それどころか自分が死んだことを認識することすらない。なぜなら、「痛い」「苦しい」「悲しい」、それを感じる主体そのものがいないことが死なのだから。人は、死の来訪に気づくことすらない。ならば、我々にとって「死」などというものは存在しないと言えるのじゃよ。


「死を恐れる」ということは、月曜に仕事がないのに月曜を恐れるようなもの


ひろ そうか……。自分が死んだことは絶対に自覚できないんだから、死なんて存在しないと言えるのかもしれませんね……。じゃあ怖がる必要なんてないってことですか?

先生 考えてみるのじゃ。子どもの頃、予防注射の順番を待つのは怖かったじゃろう。また、働く者の多くは、月曜が来るのを憂鬱に思っておる。それは注射が痛いからであり、月曜の仕事が辛いからじゃろう?

ひろ はい。僕も注射の日は怖くて毎回おしっこ漏らしてました。

先生 「注射が痛いから注射が怖い」のは当然じゃ。しかし、「死」は苦痛どころか存在すらしないもの。存在しないものをなぜ怖がる? おまえは月曜日に仕事がなくても日曜の夜に憂鬱になるのか? 注射の順番が永遠にまわってこないとしても、注射を怖がるのか!?

ひろ いいえ! 月曜が休みなら日曜は楽しい! 注射の順番がこないなら注射なんて怖くない!!

先生 そうじゃろう。つまり「死を恐れる」ということは、月曜に仕事がないのに月曜を恐れるようなもの。注射の順番などこないのに注射を怖がるようなもの。その愚かさに気づいたか?

ひろ 言われてみれば……。僕は愚かだったかもしれません……

先生 うむ。おまえの先祖やペットや魚や昆虫、過去に生きたすべての生命体が受け入れられた「死」というものを、おまえだけが受け入れられないはずがなかろう。そんな些末なものを怖がるのは無意味なことじゃ。

ひろ わ〜、哲学ってすごいですね! なんだか、ものの見え方が変わってくる気がします!

先生 では次の授業も楽しみにしているように。

ひろ はいゾンビ先生!


【序章】青年ひろとゾンビ先生の出会いー前編

自殺志願者が集う名所、北尋訪で

 人は、自殺する権利を持っている。
 北陸の景勝地「北尋坊」は、絶壁から見下ろす日本海の美観で有名な観光名所だが、同時に、日本各地から自殺志願者が集う自殺の名所でもある。
 人生は旅のようなものだとよく言われる。あるハリウッド俳優は、「人生は1本の映画のようなものだ」と述べたという。
 であれば、人は人生の幕を自ら下ろす権利を持っているはずだ。いや、むしろ自ら下ろすべきである。旅も映画もそして「人生」という作品も、幕引きの時期を誤ることは、作品の質を大きく下げることにつながる。

 ……というようなやや革新的な考えを持つ者、ないしは「死んだ方がマシだ」とすら思えるほどの破滅的な苦難に襲われた者たちが、この北尋坊で、あるいは切り立った崖から海へ身を投げ、あるいは崖を取り囲む広大な樹海の中で人知れず首をくくる。日本海の波濤、そして深い森は死体の痕跡をきれいに消し去り、彼らの人生という作品のスマートな幕引きを助けるのだ。
 今日も崖の先端には、生気のない一人の若者が佇んでいた。

 西日は半ば海に沈みながら、幼く見える青年の顔を染めている。彼は沈みゆく夕陽を、まるで自分の人生のエンドロールを眺めるかのごとく、寂しげな目で見つめていた。
 青年は無言で、ぐるっと周りを見渡した。片面には海、片面には森。視界に人工物はただひとつ、「命の電話 忘れないで、あなたは一人じゃない」と貼り紙された電話ボックスだけ。ふと岩陰に生き物の気配を感じた気がしたが、どうせウーパールーパーかなにかだろう。
 青年は最後の生命力を振り絞るかのように悲しげな笑みを放つと、ポケットからスマートフォンを取り出し、近くの岩に立て掛けた。そして再び崖の先端……、あと2歩踏み出せばはるか日本海へ真っ逆さまという位置まで進むと、静かに膝を曲げ、力を込めた。
 そして青年は、戸惑うことなく、全力で足元の岩を蹴った。
 …………その時。


「バッカも〜〜〜んっ!!! 命を粗末にしたらいか〜〜ん!!!」
 岩陰から現れた人影が、青年を受け止めようと猛然と飛びかかっていく。
 垂直に飛び上がり空中でおどけたポーズを取っていた青年は、フラッシュがまたたいた瞬間迫りくる人影に気づきギョッと顔を歪めたが、バランスを崩しつつもなんとか元の位置に着地した。

「あれっ!?」

 人影は無事な青年を見てあれっと叫び急ブレーキをかけたが、不運にも足元にあった奇岩につまずくと、そのままよろめいて青年に突撃していった。

「おっ! とっ! とっ、とおおおっっ!!」

 ド—ン!! オブザデッド!

「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」

 そして二人はひと塊になり、はるか日本海へ向かって真っ逆さまに落ちていった。

ゾンビ先生の丸太小屋

 それからどれくらい時が経っただろう?

 青年が目を覚ますと、そこは8畳ほどの広さのみすぼらしい小屋の中であった。小屋と言っても、細い丸太とビニールシートと小枝を乱雑に組み上げただけの粗末な空間だ。 足元ではたき火が燃え盛り、静寂の中に木の音を弾かせている。

「目を覚ましたか、ひろよ」

 声に目をやると、たき火の横に初老の男性が座っているのが見えた。年の頃おそらく60歳くらいだろうか? 骨張った細身の体に鋭い眼光、年齢にそぐわない不自然にふっさふさなおかっぱの髪。そうたしかこの人は……、崖の上で自分に飛びかかってきたおっさんである。
「よいかひろ。哲学者キルケゴール曰く、
『完全に健康な人間などいないように、絶望を抱いていない人間も一人もいない』。人は誰しもなんらかの絶望を抱えて生きておるのじゃ。決しておまえだけが絶望の下僕ではないと思え」

「えっと……、あなたはいったい誰ですか? どうして僕の名前を?」

「ズボンに免許証が入ってたじゃろ。今乾かしとるよ」
 たき火の反対側では、物干し竿代わりの枝に、青年ひろの着ていた上着やズボンが吊されていた。ひろがあらためて自分の体を確認すると、下着姿であった。
「ひいいぃぃ〜〜〜〜っっくしょん!! ハァ〜。あの、で、ここはどこですか? おじさんは誰?」

「ここはわしの家じゃ! まったく、おまえを運ぶのがどれだけ大変じゃったか。わしは北尋坊の樹海に住む、哲学ゾンビのゾンビ先生じゃよ」

「あ、そうですか。まあそんなことはいいとして、僕帰らないと。いっ、イタダタッ!!」

「おとなしく横になっとらんか! 怪我だらけなんじゃから!」

 揺らめく炎に、藁を積んだだけのおそらくベッドと、古めかしい洋書を収納した木組みの本棚、そしてやはり枝を組んで作られたゴミ箱が照らされている。異臭が漂うゴミ箱には、動物の骨が何本も捨てられているようだ。しかし目下一番注目すべきはひろ自身の体で、自称ゾンビ先生の言う通り、ひろは露出している肌という肌、裸という裸が打撲と捻挫と擦り傷に覆われていた。

「それにしても、おまえはなにをやってたんじゃ? 自殺じゃろ? 飛び方を間違えたのか? とにかくまだ22歳じゃろうが。おまえが人生という舞台の主役になるのはこれからじゃろ。エキストラのまま死んでどうする」

「ハッ! そうだ、そういえば。おじさん……、僕を突き落としたね!? この、人殺しっ!! 助けて〜誰か助けて〜〜救命啊〜〜ここに人殺しがいます!! か弱い青年を崖から落とすとんでもない奴ですこの人殺しは!!!」

「なにを言うか!! わしはおまえを思いとどまらせようとしただけじゃろ!! 結果的に一緒に落ちちゃったけど、それは結果論じゃ! 不可抗力じゃ! よかれと思ってやった人殺しじゃっ!! だいたいおまえが自殺をするから悪いんじゃろ!! まだ人生のエキストラのくせに!!」


青年ひろの正体

「なに言ってんだよ。自殺なんてするわけないだろ! 僕は自撮りをしてただけだよ! 『エクストリーム自撮り』知らないのおじさん!?」

「え? エキストラが地鶏?」

「ちが〜〜う!! エクストリーム自撮り!!」

 …………説明しよう。
「エクストリーム自撮り」とは、若者の間で流行している、「危険な場所で自分を撮影して、その画像をインターネット上にアップ(公開)する遊び」である。ある時は鉄塔のてっぺんで、ある時はスカイダイビングをしながら、ある時は海中でサメにかじられながら、そんな危機的状況にいる自分の写真を公開して、友人知人や世間から注目を浴びようとする行為なのだ。

 ひろは現在22歳、大学はなんとか出たものの、就職活動から脱落し現在はしゃぶしゃぶ店のアルバイトで生計を立てる日々。決してスポットライトの当たることのない日常、その中で自分の存在を確認するために、若者は投稿を繰り返し自分で自分に小さなライトを当てるのである。

「本当に飛び降りるわけないでしょまったく! 僕はただ、『自殺の名所北尋坊で大ジャーンプ! でも僕は死にましぇん! ひろはまだまだ元気death!』っていう投稿をして、『いいね!』をたくさんもらいたかっただけだよ!」

「バカヤロ—ッ!!!」

ギュニニニニィィィンッッ!! ゾンビ先生の右フックが唸りを上げてひろの左頬を貫く!!

「ぎゃ—! 痛い!!」

「おまえっ、あんまりふざけたことぬかしてるんじゃないよ。あんまりふざけとると、わしだっていい加減手が出るぞ!!」

「もう出してるじゃないかよっ!!! 手を出してから『いい加減手が出るぞ』と言うな!!! セリフの筋を通せこのヤクザ者!! ……けっ、どうせおじさんなんて美人から『いいね!』をもらった時の快感も知らないんだろ!? 僕がどんな投稿をしようと僕の勝手だよ。おじさんには関係ないだろほっといてくれよ!」

「関係ないって、そんな言い草がアルケー!! わしも一緒に崖から落ちたんじゃぞ!? わしがゾンビだから無事に済んだものの、それでも頭がだいぶ陥没したんじゃからな!」

「あの、すみません。おじさんさっきからゾンビゾンビ言ってますけど、なにを仰ってるんですか? あなたは精神が錯乱した人なのですか?」

「なんじゃ命の恩人に向かって! わしは正真正銘のゾンビじゃよ。ほら見ろ、おまえをかばって落ちたせいで後頭部がグチャグチャじゃよ」

 言うとゾンビ先生は、後ろを向きおかっぱのカツラを持ち上げて見せた。髪のない老人の後頭部はべっこりと凹み、大きく裂けた皮膚の間から粉砕した頭蓋骨がよく見えている。

「な? 人間だったらここまでなればとっくに死んどるじゃろ? わしはゾンビだからこんなにピンピンしとるんじゃ」

 ひろは再び気を失った。


謎の人物「ゾンビ先生」の正体とは? 青年ひろとゾンビ先生の出会いー後編に続きます。公開は明日、水曜日です。

哲学を学ぶと人生が楽しくなる。ふざけたタイトルですが生きるためのヒントが詰まっています。

この連載について

ゾンビの哲学」に救われた僕は、クソッタレな世界をもう一度、生きることにした。

さくら剛

さくら剛の超・哲学入門! 「とっつきにくくて、わかりにくい」、「でも、人生の役には立ちそう」。本書は、そんなやっかいな哲学を「冴えない青年“ひろ”が、古代ギリシア生まれの哲学者“ゾンビ先生”から学んでいく物語」です。哲学とは? この世...もっと読む

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コメント

animemitarou オススメです!!  21日前 replyretweetfavorite

komahiko 後で読む → 30日前 replyretweetfavorite

writes_P 連載開始!! cakesで『(推定3000歳の)ゾンビの哲学に救われた僕(底辺)は、クソッタレな世界をもう一度、生きることにした。』の連載が開始しました。 毎週火・水更新! https://t.co/660fDwbYIG 約1ヶ月前 replyretweetfavorite