最初は『ロング・シーズン』にしようと思ってた
—— タイトル『彼女の人生は間違いじゃない』。優しい目線を感じるいいタイトルだと、個人的には思ったんですが、この「彼女」は主人公のみゆきを指しているのですか?
廣木 実はこのタイトル、『ロング・シーズン』ってのと、『彼女の人生は間違いじゃない』ってタイトルとで悩んでたんです。で、最初は『ロング・シーズン』にしようと思ってたんですよ、フィッシュマンズが好きなんで。そしたら、みんなに「えーっ!?」って言われて、却下された(笑)。
—— そうなんですか!? 意味合いとしては、やっぱり「長い季節」……原発の除染まで長い季節がかかるとか、そういった意味合いで?
廣木 そうです、もっと原発寄りなタイトルになるイメージでした。「彼女」は、みゆきというか……それぞれの人生、という感じで捉えてもらえれば。みゆき限定ではなく、いろいろな人生であると捉えてもらえればいいかな、って気はしています。
自分が言いたかったこととは違うので、具体的な情報は外しました
—— 映画本編の話、少しネタバレに抵触するかもしれない話になるのですが、みゆきの父親の修が劇中のクライマックスで取る行動が、小説と映画とで違っているのはなぜでしょうか?
廣木 そのへんの話も、時間の経過によって、いろいろな情報が出てきて、その情報が全部変わってしまうことに気付いてから、そこらへんの話を全て省いたんです。後から観た人が「その時代は、原発事故の後処理についてそういう風に考えてたのか」って、具体的な資料としてこの映画を見てしまう。自分が言いたかったのはそういうことではなかったので、そういった具体的な情報は外した方がいいなという気がしたので、そういう風に変えました。
だって本当にもう、原発の後処理問題については、毎日のように風向きとか、論調とかが変わるじゃないですか。どこに行くのかというのも、現時点でまだ見えていないし。「チェルノブイリと一緒だから、突貫工事みたいなことをして、何十年もかけて上に土をのっけていけばいい」「いやそうじゃない、そんなことをしても風でまたすぐに飛ばされてくるだろう」みたいな、その繰り返しだったりするじゃないですか。そういう紆余曲折みたいなものは、これからまさに変わっていくものだと思うから、なるべく外したほうがいいなと。
—— 父親の行動が変わることによって、ラストの印象がだいぶ変わりましたね。小説では、「ああ、父親もこれで前向きになれたんだ」と希望が持てるラストになったところが、映画だと完全に前を向いたわけではなく、「とりあえず後ろを向くことをやめただけ」になったというか……。
廣木 そうですね。それはでも、映画の脚本を作るために、何度か被災地に行ったんですよ。そうすると、「そんなにすぐに前向きになれるか? なれねえだろ」って、どんどん取材していくと余計に思っちゃったんですよ。もうちょっと立ち止まってもいいんじゃない? って、思ったんです。「立ち止まる時間が長いじゃん」って言われたら、「そうね」って言うしかない。それは人それぞれだし、って思います。小説書いてる時は、勢いで書いてたから。「明日に向かっていけ!」みたいな。現地に行って、実際に風景を見てると、そんなことはどんどん言えなくなってきますね。
—— 実際に現地を見てしまうと、「前を向け、って言われても無理!」という人はたくさんいるな、と思われたんですね。
廣木 そういう気持ちで、さっき話に出てきた漁船のお父さんの話とかを聞くと、また違う印象があるんですよ。「いやー、やっぱりキッツイなあ」って。また別な感情が生まれるんですけど、それはすぐには……映画にできないんで、っていうのはありましたね。
—— これから映画を観ようと思っている方に向けて、映画の見所であったりとか、「こういったところを観てほしい」といった思いがあれば、お聞かせください。
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