人力の解体作業
「船の外壁や、ドアなどをガスバーナーを使って切り取り、それを岸まで人力で運ぶんだ。大きな塊(かたまり)はロープに結びつけ、大勢で引っ張る。ときには船からオイルやガス漏れがあり、気づかずバーナーを使って、爆発するような大事故もあったよ」
解体所近くの集落に住む労働者は、過酷な作業環境についてそう語った。
2016年6月末、私はバングラデシュ最大の港を擁する海港都市チッタゴンを目指していた。
アジアのなかでも面積の小さい国として知られていることもあり、移動時間は短いだろうとタカをくくってしまいそうなところだが、首都ダッカから陸路で8時間はかかる。さらに、世界最悪ともいわれる交通渋滞を乗り越えて行かなければならない。
どうして、そんな苦労をしてまでチッタゴンを目指したのか。ここには「船の墓場」と呼ばれる場所があるからだ。
世界中から大量の廃船が集められ、日々解体作業が行われているのだ。まさにその名にふさわしい場所といえるだろう。しかも、巨大なタンカーや客船を重機など使わず、ほぼ人力だけで解体している。作業には危険が伴い、死亡事故も起きるそうで、「世界一危険な仕事場」などと呼ぶ人もいるほどだ。
危険がないと生きていけないデンジャラスジャンキーではないが、ここまでのヤバい条件が揃った場所を取材しない手はないというぐらいには考えてしまう。
また、世界有数のファストファッションブランドが、人件費の安さと質の高さに目をつけて以来、アパレル産業はこの国の労働環境を変える一大ブームになっていた。
発展著しいバングラデシュを見ておくことは、今後のアジアの動静を考えるうえで欠かすことのできない要素だろう。
チッタゴンの街の中心部に向かう道路沿いには、見慣れない金属や部品が並んでいる。
「船から運びだされたリサイクル品ですよ」
車窓から不思議そうに眺めていると、通訳兼案内人のPさんが教えてくれた。言われて見れば、船の外壁の一部と思われる鉄板やエンジン、階段、イカリなどの巨大な金属塊が並んでいるのがわかる。また、キッチンのシンクや便器だけを扱う〝専門店〟も存在していた。専門に扱う店があるということは、流通経路が細分化されたうえに、ある程度はシステマチックに機能しているというのがうかがえる。
バングラデシュ国内の鉄鋼生産の半分は、船から取り出された鉄のリサイクルでまかなっているといわれている。船の解体は鉄の需要をまかなう一大産業であると同時にチッタゴンの街を支える最大の収入源となっているのだ。
「〝解体所〟が近くにありますよ」
Pさんが教えてくれた。
「見に行きますか?」
「もちろん」
人が豆粒のようだ
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