ワインの都市伝説」の謎を解く

「正義は安さにあり」がモットーのワインライター葉山考太郎さんに、ワインの味からレストランや家で飲むときの秘訣を教えていただくこの連載。第1回目は、「レストランでどんなワインを選べばいいの?」「1本100万円もするワインって、どんな味がするの?」など、誰にも聞けない疑問にこたえていただきました。

同時公開の「金曜の夜、オフィスで10種類のワインを飲み比べてみました!」とあわせてお楽しみください。

ワインに興味がある人はものすごく多いが、ワインの前には、厚さ1mもの鋼鉄の壁が立ちはだかっている。ビールなら、壁はティッシュペーパーより薄く、海外の知らない銘柄でも気軽に飲むが、ワインの場合、「知識がないと、ソムリエやワイン・ショップの店員に馬鹿にされそう」「ワインを飲みたいけれど、種類が多すぎて、どれを選んだらいいのか、さっぱり分からない」「ワインにものすごく興味があるけど、難しそう」と尻込みする人が大部分だろう。ワイン恐怖症に感染している人は非常に多い。

なぜか、「ワインは人類を委縮させる酒」だけれど、この連載でちょっとしたイメージ・トレーニングを積むと、ワインの知識がなくても、「1mの鋼鉄の壁」が「ティッシュペーパー1枚」になる。本コラムの内容を悪用して、ソムリエやワイン・ショップの店員と、対等の立場で会話をしたり、それ以前に、「ワインってこんなに美味いんだぁ」と、1,000円台の安旨ワインを飲んで感動してほしい。

ワイン恐怖症の代表的な症状

ワインには、いろいろな「都市伝説」や「誰にも聞けない疑問」がある。ワイン恐怖症の代表的な症状を以下に挙げる。

その1:会社の近くのビストロに行って、ワインを飲もうと思ってワイン・リストをもらった。値段はお手頃だけど、どれを頼んでいいか、全然分からなかった。

その2:映画で、ソムリエが持ってきた赤ワインを一口飲んだイケメンの主人公が、「シャトー・ベイシュヴェルの1998年物だ。美しく熟成しているね」と言うと、ソムリエが、「さすがでございますね」と、冷静な表情で褒めていた。ワイン愛好家の舌は、そんなにスゴいの?

その3:ワインを少し勉強しようと本屋へ入り、帯に、「ワインを気軽に楽しもう」と書いた本を手に取ったが、「ACブルグイユは、赤とロゼの呼称であり、カベルネ・フランを主体として10%以下でカベルネ・ソーヴィニヨンを混合してよい」と暗号文が書いてあった……。

その4:1本3万円もする赤ワインを飲ませてもらったけれど、渋くてどろっとしていて、全く美味いと思わなかった。あれを美味いと思わない私は味音痴なの?

その5:1本100万円もするワインって、どんな味がするの? 美味しいの?

その6:白ワインを飲んでいると、ワイン好きの友人から「ワイン通は赤を飲むんだよね」と馬鹿にされた。

タネ明かしとワイン恐怖症の対策

では、「都市伝説」や「聞けない疑問」のタネを明かし、ワイン恐怖症の対策をする。

その1:ワイン・リストから、どれを選ぶかは、ワインのプロにも簡単ではない。まず、価格帯で絞り込み、食べ物との相性を考えて決める。食べ物との相性の基本は、「食べ物の色とワインの色を合わせる」こと。血の成分が多い牛肉やマグロの赤身は赤ワインが合うし、豚肉、鶏肉、白身魚には白がいい。デートで相手が魚料理を注文し、自分が牛肉料理の場合、赤白をそれぞれ選ぶのは面倒なので、スパークリング・ワインに逃げるのがプロの技。「困った時の泡頼み」だ。

ワインのプロが4、5人で気軽な店に行くと、ワイン・リストを見ながら、「一番安い赤でいいよね。白も1本頼んどくよ」と3秒で決まることが多い。価格は最重要ファクターで、少なくとも私には、「正義は安さにあり」なのだ。

その2:一口飲んで、「シャトー・ベイシュヴェル1998年」と当てるより、宝くじで1億円当てる方が圧倒的に簡単。トッププロが集まる世界ソムリエ選手権の目隠し試飲でも、銘柄どころか、葡萄の品種、生産国を当てるのさえ難しい。黒いグラスに入れて、赤か白か分からないようにすると(あるいは、アイマスクをして飲むと)、赤白を間違えることもある。

赤ワインの双璧は「ボルドー」と「ブルゴーニュ」という産地。渋みがあってボディーの大きいボルドーと、香りが華やかで繊細なブルゴーニュは正反対なので、目隠しで飲んでも間違えるわけがないと、日本のワイン愛好家は豪語するけれど、世界的なワイン評論家、ヒュー・ジョンソンに「ボルドーとブルゴーニュを間違えたことはありますか?」と聞いたところ、「今週はまだ間違っていないよ」と言いながら、ヘッヘッヘッと笑った。

その3:「ACブルグイユは……」と書いてある本は、日本ソムリエ協会が認定するソムリエやワイン・エキスパートの認定試験の対策本。これに合格するには、世界の主要ワイン生産国のワイン法を細部まで記憶し、「ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド」みたいな意味不明の寿限無的ワイン名を1,000も覚えなきゃならない。ワインを頭で飲むには、600ページの本を読まねばならないが、ワインを口で飲むのに必要な知識は、2ページ程度で十分。

その4:高価なワインを美味いと感じない理由が2つある。理由その1は、ワインは高級高価になるほど、ドロドロと濃厚になるため。特に、若い赤ワインは、値段が上がると、渋みがめちゃくちゃ強くなり、口の中に紙ヤスリを敷いたみたいにギシギシする。身長1m90cm、体重120kgの筋肉だらけの女子プロレスラーみたいなもの。それを20年、30年ほど熟成させると、荒々しさがこなれて甘味と官能が出る。グレース・ケリーのように、洗練されてスタイリッシュに変身するのだ。これが、通にはたまらない。高価なワインは、20年後に美味くなるように仕込んであるけれど、スーパーに並ぶ廉価版は、今飲んで美味いワインだ。

高価なワインを美味く思わないもう1つの理由は「渋み」。渋みを美味いと感じるには、それなりの経験が必要だ。小学生の頃、親戚の結婚式で、酔った叔父さんに「ちょっとこれを飲んでみろ」とビールを飲まされた人がいると思う。そのときは、「こんなに苦い物を何で大人は飲むんだろう?」と不思議に思ったはず。ビールの苦みを美味いと思うには、味覚の広がりと人生経験が必要。赤ワインの渋みも、これに似ているかも。逆に、赤ワインの渋みが苦手で、シャンパーニュや白ワインばかり飲むワイン通も少なくない。要は、好き嫌いの世界だ。

その5:高級高価なワインは、一般に濃厚になるけれど、「濃いワインは美味い」とは限らないのがワインの面白いところ(私は、濃厚系が苦手)。単に、個人の好き、嫌いの問題だ。ワインの原価は、土地代、労働費、ボトル代、ラベル代、コルク代に利益を30%乗せても、1本1,000円から1,500円程度。これがワイン・ショップに並ぶと、1本100万円になる。ピカソの絵の原価は、キャンバス、絵具、筆の値段を入れても2万円ほど。これが2億円に化けるのだ。ワインの価格もこれと同じで、需要と供給の関係だけで決まる。

昔、ボストンのワイン・ショップで1986年物のル・パン(超マニアックなボルドーのワイン)を見かけ、「おっ、珍しいワインがあるなぁ」と55ドル(当時、1ドルが90円だったので、4,900円)で買った。これが5年後に帰国した時、1本23万円になっていてビックリしたことがある。私には、3,000円を越えれば全て同じ土俵の高級ワインだ。コスト・パフォーマンスが最も良いのは、1,500円から2,000円のワインだと思う。

その6:「ワイン通は赤を飲む」とのイメージが強い。なぜ赤がエラく見えるか? 理由その1が、ワインと言えばボルドー、ボルドーと言えば赤ワイン、なので、通は赤を飲むという論理。理由その2は、赤ワインは、白ワインより圧倒的に長期熟成すること。赤ワインをワイン用冷蔵庫に入れ、友人に「このラフィット1982年はね、1ミリも動かさずにここで30年も寝かせてるんだよ」と見せびらかして威張れる(ただし、威張るだけで、飲まないので、どんな味か分かっていない)。理由その3は、良い年の古酒は財産的な価値あり、買った価格の数十倍に値上がりする場合があること。

基本的に、「白ワイン+渋味=赤ワイン」なので、赤ワインには白の要素が全て入っている。白ワインは「塩」で、赤ワインは「醤油」と考えればよいけれど、塩ラーメンより醤油ラーメンの方が美味いとは誰も言わないし、ショパンのピアノ・ソロ曲より、7ダースもの楽団員をバックにしたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番が、芸術的に優れているとは思わない。要は、好き嫌いの世界。好きものは、堂々と素直に、「白ワインが大好き」と言えばいいのだ。


「ワイン恐怖症のためのワイン入門」の第1回目は、「ワインの都市伝説」の謎解きをし、誰にも聞けない疑問にこたえた。これで、少しでも恐怖症がなくなれば嬉しく思う。次回は、赤ワインテーマに、ワイン恐怖症対策をする。

ワインと英会話は、質より量。安いワインをたくさん飲もう。

イラスト:八重樫王明

次回「赤ワインの双璧を極める」は8/11(金)更新予定。

この連載について

ワイン恐怖症のためのワイン入門

葉山考太郎

「ワインに興味があるけれど、難しそう」と、ワインに恐怖心を抱いている人は多いのではないでしょうか。そんな人に向けて、「正義は安さにあり」がモットーのワインライター葉山考太郎さんに、ワインの味からレストランや家で飲むときの秘訣を教えてい...もっと読む

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コメント

boku_ira 『 「正義は安さにあり」がモットーのワインライター葉山考太郎さん 』 好き 8ヶ月前 replyretweetfavorite

ikkotweet 【ワイン恐怖症の対策👇👇】 ・食べ物との相性の基本は「食べ物とワインの色を合わせる」こと ・ワインの原価は1本1000円〜1500円程度。ワインショップに並ぶと1本100万円になる。 ・白ワインは「塩」で、赤ワインは「醤油」 https://t.co/xz6aZcysig 2年弱前 replyretweetfavorite

dames_bond_007 ワインリストからどれを選ぶかはプロにも簡単ではない。ワインのプロが気軽な店に行くとリストを見ながら「一番安い赤でいいよね。白も1本頼んどくよ」と3秒で決まることが多い 2年弱前 replyretweetfavorite

marekingu #スマートニュース 2年弱前 replyretweetfavorite