第1回】ようやく日本で注目され始めたLGBT市場とどう向き合うか

レズビアン(女性に惹かれる女性)、ゲイ(男性に惹かれる男性)、バイ・セクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(性同一性障害)。これらのセクシャル・マイノリティ(性的少数者)の総称として、それぞれの頭文字を取った「LGBT」という言葉が使われる。一般的に使われ出したのは、1980年代後半の米国だった。

 日本IBMでは、年に1人か2人は戸籍を変える人がいる──。

 2009年、こんな出来事があった。同社の協力会社に所属するシステム・エンジニア(SE)の男性が、ある日突然、女性の服装で出社してきた。そして「私は今日から、女性として生きたいと思います。これまでと同じように受け入れてください」と申し出たのだ。

 彼は、この世に生を受けた身体は男性でも精神的には女性であるという「性同一性障害」(トランスジェンダー)だった。予告なしの強行突破を狙ったのは、そういう手段に出なければ、自分の主張は真剣に受け止められないという切羽詰まった思いからだった。

 まったく予備知識がなく、どう対処してよいかわからなかった協力会社のマネジャーは、あわてて日本IBMの人事担当者に電話し、相談を持ちかけた。そのSEは、同僚の誰もが認めるほど仕事ができる人物であり、クライアントからの信頼も非常に厚かった。

 最大の問題は、そのクライアントが銀行であることだった。「男性から女性に変わるという事実を、何かと“お堅い”銀行が受け入れてくれるか?」。2人の頭には、そんな不安がよぎった。

 緊急電話会議での結論は、「あくまで仕事の能力で判断するべき」となった。見た目が男性から女性に変われば、たいていの人は驚くはずだが、それで仕事の質が変化するわけではない。そこで、協力会社のマネジャーがクライアントの担当者を訪ね、事情を話して理解を得ようということになった。何しろ、替えが利かない有能なSEであり、会社としても簡単に辞めてもらっては困る。

 ところが、日本IBMサイドの心配をよそに、事情を聞いた銀行の担当者の反応は柔軟だった。「今やそういう時代です。了解しました」と、常駐の男性SEが女性に変わることを認めてくれたのだ。

 その後、彼が男性だった時代を覚えている女性からの反発により、トイレだけは男女兼用の障害者用を使うことになったが、このSEは今日も同じ現場で女性として働き続けている。

同性愛が発覚すると
死刑になる国もある

 レズビアン(女性に惹かれる女性)、ゲイ(男性に惹かれる男性)、バイ・セクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(性同一性障害)。これらのセクシャル・マイノリティ(性的少数者)の総称として、それぞれの頭文字を取った「LGBT」という言葉が使われる。一般的に使われ出したのは、1980年代後半の米国だった。

 個々人のセクシャリティ(性的特質)は、(1)身体の性、(2)心の性、(3)好きになる性の組み合わせなので、実際には多様性があり、世の中にはLGBTというキーワードでは括れない人もいる。

 いずれにしても、社会には一定の割合で、LGBTという人たちが存在するにもかかわらず、とりわけ日本では、これまで積極的にその存在を認め、公に受け入れていくという動きが乏しかった。

 米国では、2012年5月に、オバマ大統領が歴史上初めて同性結婚の支持を表明したことで注目を集めた。この同性結婚とそれに準ずる法制度を調べてみると、先進国では段階的に容認する動きがある一方で、同性間の性愛は発覚したら死刑の国もある(表参照)。根底には宗教上の問題がある。

先進国では段階的に容認が進む
「同性結婚」の法制度

【形式】婚姻
【概要】婚姻に関する法規定を改正し、性別にかかわらず、2人の間で婚姻を承認
【採用国】オランダ、ベルギー、スペイン、カナダ、南アフリカ共和国、ノルウェー、スウェーデン、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、アルゼンチンなど

【形式】パートナーシップ法
【概要】同性間のみが利用可能な婚姻に匹敵する新制度を設計。一部の国では、異性間の利用も可
【採用国】英国(シビル・パートナーシップ法)、ドイツ(生活パートナー関係法)、スイス(登録パートナーシップ法)など

【形式】準婚制度
【概要】同性間・異性間を問わず、共同生活の合意内容を法的に承認
【採用国】フランス(パックス)、アンドラ(同棲登録)など

【形式】個別対応
【概要】家族関係に関わる個別の分野で、同性間の関係性を保障。「内縁」の保障
【採用国】イスラエル、ハンガリー、オーストリアなど

*米国は州ごとに法制度が異なる。婚姻の形式を採用しているのは、マサチューセッツ州、カリフォルニア州、バーモント州、ワシントンDC、ニューヨーク州など。パートナーシップ法の形式を採用しているのは、ハワイ州、ニュージャージー州、メーン州、コネティカット州など

*他方、同性間の性愛関係に死刑を科している国もある。例えばサウジアラビア王国、イラン、スーダン、モーリタニアなど

出所:パートナーシップ特別配偶者法全国ネットワーク(パートナー法ネット)

 LGBT先進国の米国では、50年代からゲイという言葉が使われてきた。広義の意味では、レズビアンを含む同性愛者全般を意味するので、現在も一般的にゲイという言葉が使われる。狭義の意味では、男性の同性愛者を指す。

世界最大のゲイ・パレードの一つ、米サンフランシスコのプライド・パレード(2012年6月24日)。同地に本社を置くウェルズ・ファーゴ銀行は、25年間、LGBTコミュニティを支援する(写真は在米ジャーナリストの瀧口範子氏が撮影)

LGBTの消費者は
企業姿勢を重視する

 日本のテレビ番組では、男性でありながら女性のように振る舞う芸風のタレントが何人も存在して人気を得ている。一方で、現実の世界に生きるLGBTの人たちは、まだまだ社会の十分な認知を得られているとはいえない。

 だが、人種、国籍、性別、年齢、障害の有無などによる差別は排除すべきであることはもちろん、むしろダイバーシティ(多様な個性)の尊重は創造性や組織の成長性に寄与するという考え方は、世界でも主流となっている。その意味で、現代の社会を構成するメンバーとして、LGBTはもっと社会に受け入れられるべきであろう。

 何より、歴史をひも解けば、とりわけクリエーティブな世界で活躍した人には、LGBTの人たちが多く含まれている。

 現代でも、米国の人気シンガーのレディー・ガガは、バイ・セクシャルであることを隠さない。他にも、政治・経済、ファッション、スポーツ、カルチャーなどの分野で、数多くの人たちがカムアウト(公言)して活動している。

 日本で人気がある米国の「glee」というドラマは、プロデューサーがゲイであることで知られる。しかも、LGBTを公言する俳優が次々に登場するので、LGBTとの共生を啓蒙する教育番組のようにも見える。

 とはいえ、日本の社会が、米国並みにLGBTを受容するまでにはまだ時間がかかるだろう。彼らの実態を知らないが故の感情的な反発もある。そこで、非LGBTがLGBTの価値観を知り、社会的な融和を進めるための現実的な考え方として、企業社会がLGBTを「市場」として捉えることから始めてみるのが有効になる。

 LGBTは、人口の約5%の規模で存在するといわれる。実際、既存の社会にとってLGBTの消費力は無視できないほど巨大である。米国のLGBT市場の規模は約77兆円、英国のそれは約7兆円という推定が定説だ。

人口比では5.2%
市場規模は5.7兆円

 一方で、日本のLGBT市場はどうか。これまで日本では、06年にパジェンタ(現在は解散)が発表した「推定人口は約270万人、市場規模は6兆6000億円」という数字が独り歩きしていた。

 その6年後の12年2月、電通グループのシンクタンクである電通総研が、社会全体のダイバーシティを模索する過程で、あらためて、日本のLGBTの実態についてのインターネット調査を実施した。

 その結果、「日本のLGBT市場の規模は約5兆7000億円。人口に占めるLGBTの割合は約5.2%」という最新のデータを得た。個人のクレジットカードの支払額(月額)と推定個人消費額(年間)などを加減乗除して消費総額を算出した(連載第4回「図解でわかるLGBT 日本編」参照)。

 この調査は、LGBT当事者の消費行動や生活意識を調べたものだが、そこから消費性向がわかるものだけを抜き出して、LGBT男女と一般男女を比較すると、消費実態の違いが浮き彫りになる。

 消費者としてのLGBTは、商品やサービスの購入時に「LGBTフレンドリーであるか?」という企業姿勢を重視する。であれば、LGBTの人たちのセンスを取り込んで開発に生かすという視点が欠かせなくなる。

 LGBT市場を未開拓の市場として捉えれば、LGBTの動向に関心を持つことは、企業にとって不可欠の戦略となる。そのような姿勢で、LGBTに注目していけば、自ずと社会的な認知や理解が広がっていくはずである。

2012年4月29日のパレード。最前列にLGBTを公言する中野区議会議員の石坂わたる氏、豊島区議会議員の石川大我氏、世田谷区議会議員の上川あや氏の姿が見える。Photo:DW

週刊ダイヤモンド

この連載について

国内市場5.7兆円 「LGBT(レズビアン/ゲイ/バイ・セクシャル/トランスジェンダー)市場」を攻略せよ!【1】~LGBTの“夜明け前”

週刊ダイヤモンド

欧米では、古くから「LGBT」(性的少数者の総称)という一大消費市場が存在する。これまで日本では、彼らの消費性向の高さが着目されることはなかった。だが、昨今では米国のオバマ大統領が同性結婚を支持したことで、関心が高まっている。“夜明け...もっと読む

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コメント

87hana99 https://t.co/rV4BSdkcOd 3年弱前 replyretweetfavorite

Findom_JP LGBTマーケットとメディアでは日々取り上げれれていますが、さてフィンドムfindomは? https://t.co/saxwrxhWF7 http://t.co/HY7wPOknQa http://t.co/Zhv8LCbHuL http://t.co/P6ECWNosEj 3年弱前 replyretweetfavorite

ko_kinoshita メモメモ ― ようやく日本で注目され始めたLGBT市場とどう向き合うか| 4年弱前 replyretweetfavorite

MatsuMassa 動機がなんだろうと、より多くの人がより自然に、生きやすい世の中ができあがっていくのであればそれは歓迎すべきことだと考えます。【ようやく日本で注目され始めたLGBT市場とどう向き合うか】 http://t.co/9qOeZKAeZd 4年弱前 replyretweetfavorite