フリッパーズ解散とその後
すでにコンサートが決まっていたし、番組や連載もキャンセルしなければいけない。後処理のためには1ヵ月くらいかかる。その前に解散を発表してしまうと混乱するから、しばらくの間は発表を控えようと言った。それで10月29日に正式にマスコミに発表しました。僕が原稿を書いて、レコード会社としてのコメントを出した。
とは言っても、今さら新しい作品は作れない。解散コンサートも開けない。残されたことは、これまでにある音源をCD化することだけです。それで2枚のアルバムをリリースしました。ひとつはマイク・オールウェイに選曲してもらったベスト盤の『カラー・ミー・ポップ』。もう一つは『on PLEASURE BENT ~続・カラー・ミー・ポップ』というライブ盤。そうすれば解散から生じたコンサートのキャンセル費用の補償はできるだろうと考えたわけです。
ただ、それを出すにあたって、必要だったのがレーベルだった。それで「トラットリア」というレーベルを作って、その1番と2番にした。まだこの時点ではふたりのその後も決まっていませんでした。そういう流れがあったので、この2枚を売り切った後にトラットリアの1番と2番は欠番になっています。
それが91年から92年にかけて、グループの解散の後にやったことでした。
再始動
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。