渋谷音楽図鑑

ロリポップとの決別、フリッパーズの本当の始まり

『渋谷音楽図鑑』(太田出版)の第5章、渋谷系へと続くストーリー。ファースト・アルバム『three cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった』でデビューしたフリッパーズ・ギター。しかし、その直後、小山田圭吾の交通事故で活動休止に。そして1989年11月、新曲「フレンズ・アゲイン」をレコーディングするフリッパーズ・ギターは、小山田圭吾と小沢健二の2人組になっていたーー。

交通事故から二人組に

 こうして89年の8月25日にファースト・アルバム『three cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった』がリリースされました。ただ、アルバムリリースの直前に小山田圭吾が交通事故に巻き込まれて全治6ヵ月という重傷を負ってしまった。入院でリードヴォーカルを失ったバンドは活動休止を余儀なくされます。9月に発売記念ライブも計画していたけれど、結果的にそれも延期になってしまった。

 そして退院の予定が見えてきた頃、小山田圭吾と小沢健二が「これからはふたりでやりたい」と言ってきました。ふたりになることでもっとレベルの高いレコーディングをしたい気持ちが固まっていったんじゃないかと思います。

 後戻りができない話だとわかりました。ロリポップ・ソニックとの決別であり、これがフリッパーズの本当の始まりとなりました。

 その後のレコーディングはふたりとサポート・ミュージシャンで、いわばスティーリー・ダンのようなスタイルで音楽を制作していきたいということになった。もし入院期間がなかったら全く違ったバンドになっていたかもしれない。ひょっとしたら、その段階でバンドも終わっていたかもしれない。

 そうして11月、退院してから制作を開始したシングル「フレンズ・アゲイン」から、フリッパーズ・ギターは正式に2人組となりました。このレコーディングには元ピチカート・ファイヴの佐々木麻美子がコーラスに参加。その後も長くサポート・メンバーとなる平ヶ倉良枝がドラムとパーカッションを担当しています。その後、メンバーだった井上由紀子はライターとなり、荒川康伸はトラットリアのディレクターとして音楽の世界で仕事を続けることになります。

渋谷クラブクアトロでの初ライブ

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渋谷音楽図鑑

牧村 憲一,藤井 丈司,柴 那典
太田出版
2017-07-05

この連載について

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渋谷音楽図鑑

牧村憲一 /藤井丈司 /柴那典

シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦などの制作・宣伝を担当、80年代後半からはフリッパーズ・ギターをプロデュース。解散後は「トラットリア」を設立――。そんな音楽プロデューサー牧村憲一さんが「渋谷」で出会った音楽、...もっと読む

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consaba 牧村憲一+藤井丈司+柴那典  #ss954 #radiko #tbsradio 3ヶ月前 replyretweetfavorite

mabushigariya 1件のコメント https://t.co/1xTHir98Ek 4ヶ月前 replyretweetfavorite

mabushigariya 1件のコメント https://t.co/1xTHir98Ek 4ヶ月前 replyretweetfavorite

miocyan69 |渋谷音楽図鑑 https://t.co/v8fg3vPgq9 4ヶ月前 replyretweetfavorite