渋谷音楽図鑑

フリッパーズ・ギター始動!

絶賛発売中『渋谷音楽図鑑』(著=牧村憲一・藤井丈司・柴那典/太田出版)の第5章、渋谷系へと続いていくストーリーが、ついに始まる! ファースト・アルバムのレコーディングに集中するロリポップ・ソニックとスタッフたち。約1ヵ月半をかけて完成したのは、全曲英語詞のデビュー作『three cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった』だったーー。

フリッパーズ・ギター始動!

 僕はフリッパーズのファースト・アルバムの制作にかかりっきりになっていきました。

 まずはサロン・ミュージックの吉田仁、竹中仁見のふたりに付き添ってもらって、都内を離れた富士五湖近くのスタジオで2泊3日の合宿レコーディングをやってもらいました。ただ、それは上手くいかなかった。ふたりも「まだ彼らにレコーディングをやれるだけの力はない」と言う。まだまだアマチュアのレベルだった。

 そのときの報告がファースト・アルバムをどう作っていくかのヒントになりました。アレンジは彼らに、サウンドプロデュースをサロン・ミュージックに依頼しました。周囲を固めて、南麻布にあったスタジオインパルスをおさえて約1ヵ月半かけてレコーディングを進めていった。

 フリッパーズ・ギターという名前が決まったのもその頃でした。レコーディングの終盤に僕が「ロリポップ・ソニックって造語っぽいね。何か他の名前はないかな」と言ったら、彼らも意外にもOKした。できればメンバー側から候補を挙げてほしいと言ったら、ドラムの荒川康伸が「フリッパーズ・ギター」という名前を考えて持ってきて、全員一致でそれに決まった。

 そうしてファースト・アルバムが完成しました。かかった経費は自分でもさすがに驚いた、トータルで3000万円。時間を短縮する方法はいくらでもあったけれど、彼らを育てるという意味も含めてそれでいいと思った。

 ファースト・アルバムの制作は、いわば彼らにとってミュージシャンとしての学校に通っているような体験でした。優秀なエンジニアがいて、サロン・ミュージックという優秀なサウンドプロデューサーがいた。そこでの経験が小山田圭吾、小沢健二を大きく成長させたのは間違いない。その過程を経て、彼らはアマチュアからプロになっていったんです。

最初に気付いたのは六本木WAVEだった

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渋谷音楽図鑑

牧村 憲一,藤井 丈司,柴 那典
太田出版
2017-07-05

この連載について

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渋谷音楽図鑑

牧村憲一 /藤井丈司 /柴那典

シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦などの制作・宣伝を担当、80年代後半からはフリッパーズ・ギターをプロデュース。解散後は「トラットリア」を設立――。そんな音楽プロデューサー牧村憲一さんが「渋谷」で出会った音楽、...もっと読む

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コメント

3am_sp @muu_myfriend フリッパーズドラムはバンド名を考えた荒川さんの別案だったかと思います! https://t.co/kCzKUpRcnY 3年弱前 replyretweetfavorite

matsumurayuuji おもしろい。90年1月か。そんな流れはつゆ知らず、俺ローザルクセンブルグの影響まる出しでスカート履いてチキンジョージ出てた(笑)https://t.co/049mM8Jjzx 約3年前 replyretweetfavorite

tah_san_ 今回も読み応え有り!!マニアかつpunkだって事、電気、スチャ、パーフリに共通するとこ。 約3年前 replyretweetfavorite

kimosame 何故フリッパーズ・ギターは色あせないのか?みたいな記事を 20年位前に雑誌で読んだが、未だに色褪せぬよなぁ、何故だっ!! |牧村憲一 @makiji /藤井丈司 @fujiitake /柴那典 @shiba710 | 約3年前 replyretweetfavorite