第二章 人殺しの影 7 佐伯という男(後編)

権田と別れ、徹生は警察に行って事情を話すことにした。初めは取り入ってくれなかった警察だが、次第にまともに話を聞いてくれるようになった。そのことに気持ちが高揚していた徹生だったが、ふと歩きながら嫌な疑念が頭をよぎる。平野啓一郎さんの小説『空白を満たしなさい』が、3章までの限定公開です。

 工場でみんなに〝生還〟を祝われた後、徹生は会社を出て、その足で警察署に向かった。

 殺したのは佐伯だという権田の断言が、彼を勇気づけていた。やっぱりそうだった! それは、権田自らが確信し、口にした言葉だった。決して徹生の思い込みに同調したわけではない。千佳や安西には、うまく説明できなかったが、佐伯のことをよく知っている人間なら、彼に殺されたという主張が、決して突飛でないことは納得できるはずだった。

 徹生は警察署で、再捜査を願い出るつもりだった。取り分け、屋上入口の防犯カメラのことを知りたかったが、同時に、今後の自分と家族の身の安全も求めなければならなかった。佐伯を追っているはずが、いつの間にか、こちらが背後から追われていた。そうなることを権田も心配していて、とにかくすぐに警察に行けと、別れ際にはしつこいくらいに念を押された。

『それで結局、俺は何を喋ってきたんだろう?……』

 話を終えて、水尾署から出てきた徹生は、緊張から解放されて、自分でも持て余すような歪な高揚感に初めて気がついた。

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空白を満たしなさい

平野啓一郎

cakesでもインタビューを行った、平野啓一郎さんの小説『空白を満たしなさい』(講談社)が、3章までの限定公開です。年間約三万人の自殺者が出るこの国で、生と死、そして幸福の意味を問う意欲作。平野さんの考えた概念「分人」をまとめたcak...もっと読む

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hiranok cakesでの試し読みの続きです。【 約5年前 replyretweetfavorite