27年間、お世話になりました!」

散歩に出かけた、星太朗とぬいぐるみのムッシュ。タコ山の定位置に座り、星太朗が話しはじめたのは、ムッシュの新しい友達を見つける計画を最初から立てていた、ということ。2人の別れが刻一刻と迫る中、ムッシュは、やはり最後の最後まで星太朗と一緒にいたい、と思っていた。
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

 二人は最後の散歩に出かけた。

 散歩と言っても、家から徒歩二分の、いつものタコ山だ。その上に腰をおろすと、星太朗がムッシュを横に座らせる。

 昔からそうしてきたように、いつもと何も変わりないように、ムッシュを隣に座らせる。

 見上げるが、星は見えない。空は曇っていた。

「いつから、考えてたの?」

 ムッシュがぼそりと聞く。

「最初からだよ」

 そう、星太朗は、壁に願いを書いたときからそれを考えていた。そしてムッシュにばれないように、本の裏にそっと書いたのだった。

 それから星太朗は、ムッシュにいくつかの嘘をついた。

 出社するふりをして同窓会に参加したり、病院に行くふりをしてぬいぐるみショップを巡ったり、神奈川に住んでいる親戚に会いに行ったり。

 嘘をつくのは得意じゃなかったし、ムッシュにばれるかもという不安はあったけれど、そんなことは吹き飛んでしまうほど、強い意志が星太朗を動かしていた。

 ムッシュを託せる人を見つけるまでは、絶対に死ねない。

 そう思っていた。

 だが当然、それは思うようにはいかなかった。

 一番ショックだったのは、花本さんが失敗に終わったことだった。

 彼女が黙ってムッシュを横に寝かせてくれたとき、そして関白宣言を歌ったとき、この人ならムッシュを託せるかもしれない。そう思った。

 初めてそう思えた相手だったのに、きちんとした計画も練らず、勢い余って食事に誘ってしまった自分を呪った。

 一番の願いごとは、一番叶いにくいものなんだ。

 そんなふうに、ムッシュに言われている気がした。

 そうして思い悩んでいたときに、偶然目の前に現れたのが、夢子ちゃんだった。

「ずるいよ」

 ムッシュのふてくされ方は普段と違った。いつもなら、ぷいとそっぽを向くところだが、今日は空を見上げたままだ。

「お互い様でしょ」

 星太朗があっさり返すと、ムッシュは立ち上がった。

「……でも……。ダメだよ、やっぱり。ぼくの十個目はまだ叶ってないんだし。ぼくがそばにいないと!」

 星太朗は首を横に振る。

 その顔は、ゆるぎない何かを見つけたようだった。

 気持ちはもう完全に固まっていて、どうやっても動かない。

 そんなふうに思えたし、覆らないことはわかっていた。

 どんなに願っても、どんなに頑張っても、どうしようもないことがある。

 それが人生だ。

 ムッシュにはわかっている。

 けれど、それでも、やっぱり受け入れたくなかった。

 最後まで諦めたくない。最後まで一緒にもがいて、最後の最後まで、一緒にいたかった。

 一緒に旅立ちたかった。

 星太朗はそんなムッシュの気持ちに気付いているのか、頬をゆるめて、小さく言った。

「ムッシュ、僕は死なないよ」

 ムッシュはじっと、星太朗を見つめる。

「死なないから」

 星太朗がもう一度言う。

「うん」

 ムッシュはこくりと頷いた。

 それからしばらく、二人は夜空を見つめた。

 だが雲は晴れてくれない。

 二人の願いは届かず、星を見ることはできなかった。

「よしっ」

 星太朗がムッシュを抱いて立ち上がる。

 団地に向かって、大きなお辞儀をした。

「二十七年間、お世話になりました!」

「お世話になりました!」

 ムッシュも星太朗の腕の中で、大きなお辞儀をした。

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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