園田は、口先だけの調子のいい男だと、前々から思っていた。本人に対する憤りは当然あった。しかし、そんな人間が吹聴して回る根も葉もない噂を、同僚たちが挙って信じ、誰も自分を庇ってくれなかったということの方が、彼にとっては遥かにショックだった。ほとほと嫌気が差して、上司に辞表を提出し、もう机の整理も始めていた。その時に、話を聞きつけて彼を宥め、製缶部門に引っぱってくれたのが、この安西だった。
「園田があとを引き継いだみたいで。」
徹生は、今更蒸し返すつもりもなかったが、さすがに笑顔はぎこちなかった。安西の顔つきは、急に険しくなった。
「三年の空白を埋めるつもりでやってるなら構わんが、園田に手柄を横取りされたと言いたいなら、見当違いだぞ。」
「いえ、そんなつもりじゃ、」
「ないならいい。あいつも苦労したんだ。売れはしたけど、フタのゴミが出るとか、苦情も色々あったしな。お前が放り出した仕事の尻拭いを、よくやってくれたよ。」
徹生よりも一回り歳が上の安西は、諭すように続けた。
「お前が企画して、お前が一番がんばったことは、俺もよく知ってる。けど、お前の名前は出せない。わかるよな、それは。」
徹生は一旦、下を向いてから、
「僕が自殺したから、ですか?」と尋ねた。
「表向きは事故死にしてある。けど、今はこういう時代だから、どこからどう話が漏れるかわからん。俺は人間としてお前に同情してる。けど、仕事でみんなに迷惑をかけたのは事実だ。責めてるんじゃない。ただ、フォローしてくれた園田を、逆恨みするなんてことは勘弁してくれよ。」
「そんなことは、……考えてません。ただ部長、僕は、自殺なんかしてないんです。本当です。これだけは信じてください。僕は、殺されたんです!」
「誰に?」
「確信はないんですが、……」
「園田とか言うなよ。」
徹生は、考えてもみなかったことに、「いえ、」と首を振った。
「あの佐伯っていう男です。」
「佐伯?」
「警備員の。あのハトを殺した、……」
「ああ、……いたな、そんなの。」
「今はいないんですか?」
「もう長いこと見てないな。なんであいつがお前を殺すんだ?」
「逆恨みされてましたし、待ち伏せされて、酷い口論をして、……」
「冷静になれ、土屋。」
安西は、憐れむような目つきで言った。「冷静に。そういう思い込みの激しさが、お前を追い詰めたんだろう?」
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