ピテカン 1982-1983〜時代はニューウェーブからヒップホップへ

音楽ライター・磯部涼さんによる「日本語ラップ」の歴史をひもとく連載。前回に続き原宿の伝説のクラブ、「ピテカン」が生み出した熱狂とその時代について。中西俊夫、桑原茂一、藤原ヒロシ、高木完、ヤン富田……時代のキーパーソンが活躍した伝説のクラブがついに始動する。

1982年12月初頭。当時、日本のユース・カルチャーの中心地だった原宿の地下深くでは、次の時代が準備されていた。

いわゆるデザイナーズマンションの先駆けとして知られるビラ・ビアンカの螺旋階段を降りて行くと、以前は中華料理店だったフロアは内装を剥がされ、鉄骨の足場が組まれ、新たに塗られたコンクリートの生々しい匂いが鼻を突く。次のテナントであるクラブ=ピテカントロプス・エレクトス—通称〝ピテカン〟の開店に向けて、工事が慌ただしく進む中、その日はさらに、宣伝材料用写真の撮影のために呼び出されたメロン、東京ブラボー、ミュート・ビート、ショコラータといったハウス・バンドのメンバー達が、続々と集まってきた。

「なんだかすごいよなぁ」。日本初のダブ・バンドと言われるミュート・ビートのトランぺッター=小玉和文がわくわくした様子で話しかけると、サーフ・ミュージックやグループ・サウンズをパンク・ロック以降の解釈で演奏する東京ブラボーのオルガニスト=坂本みつわはとぼけた調子で答えた。「ねぇ、オープンに間に合わないんじゃないのぉ」。

一方、メロンのリーダーで、ピテカンの構想にも関わる中西俊夫は工事の遅れに苛立っているのか、渋谷区広尾出身であるのにも関わらず関西弁で呟く。「これじゃあどんな店になるかわからんやんけ、ニューヨークっぽい感じじゃなくて、もっとプリミティヴな感じにせなあかんやんけ」。

また、プロデューサーの桑原茂一も焦った様子で、「ここがステージになるんだけどさぁ」等と言いながら店内を歩き回っている。その時、メロンの佐藤チカが浮き足立った皆の気持ちをほぐすように、冗談めかしてはっぱをかけた。「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 最高のクラブにするんじゃないのぉ、頼むよぉ」。(*1)
*1 小玉和文『ノート・その日その日』(ディスクユニオン、96年)

ピテカンの構想の発端には、ニュー・ウェーヴ・バンド=プラスチックスとして世界を股にかけて活動してきた中西俊夫と、その活動の初期から関わってきた桑原茂一が、ニューヨークのナイト・クラブのような場所を東京にもつくりたいと考えたことがあった。中西は語る。

「当時の東京にあったのはいわゆるディスコで、お水っぽいところばっかりだった。パンクやニュー・ウェイヴをかけてたツバキハウスやブラックボックス(引用者注:いずれも新宿にあったディスコ)も水っぽく、ニューヨークのクラブのような、ただの殺伐としたコンクリートの箱で来る人たちが作るというようなコンセプトではなかった」
*2 中西俊夫『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』(K&Bパブリッシャーズ、13年)

つまり、彼はアートで言うところのホワイト・キューブのようなナイト・クラブをつくりたかったということで、桑原がスポンサーを探した結果、ファッション・ブランド=BASSOや、古着店=DEPTを経営していた石原智一が開店資金を調達することになる。

ただ、正確に言えば、中西と桑原がつくろうとしていたのはニューヨークっぽいようでいて、その実、何処にもないクラブだった。桑原は語る。

「向こう(引用者注:海外)に良いものがあって、持って来て、っていうことばっかり日本はやってたでしょ。それが嫌で、〝東京においでよ、ここもいいよ、負けないよ〟っていう」(*)


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日本語ラップ史

磯部涼

「フリースタイルダンジョン」や「高校生ラップ選手権」の流行、メディアでの特集続き……80年代に産声を上げた「日本語ラップ」は現在、日本の音楽シーンにおいて不動の位置を占めるものとなりました。いとうせいこうらの模索からはじまり、スチャダ...もっと読む

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コメント

hiroshimakino66 https://t.co/waj8osM2Lm 6ヶ月前 replyretweetfavorite

tomoyakumagai そうなんです、中西俊夫のポジションの取り方は素晴らしかった。しかし、その才の真価が広く伝わる前に地球を旅立ってしまったように感じています。依頼を受けながらずっと書くことができていなかった追悼文を、ようやく今さら書き始めている次第です。https://t.co/iESb4cmZ4u 3年弱前 replyretweetfavorite

nonbiriboyaaan はいドーン♫めっちゃ懐かしいでございます♫ 3年弱前 replyretweetfavorite

Kawade_bungei 好評連載中!いよいよあの人たちが次々に登場→ 3年弱前 replyretweetfavorite