有楽町、消えたヤミ市横丁に思いを馳せて【すしや横丁/東京交通会館】

数々の街歩き取材を重ねてきた、ライター兼編集者のフリート横田氏。2020年の大イベントを前に、東京の街が大きな変貌を遂げつつあることを肌で感じているといいます。その危機感から始まった本連載。
第六回は、前回と同じ有楽町エリアにある「東京交通会館」。「もう1つ、昭和の痕跡残る場所を知ってほしい」と横田氏が語る、ヤミ市由来の駅前ビルの成り立ちと、人いきれを感じる逸話をご紹介します。


「毎日必ず、一度はケンカを見たね」。

人心が荒んだ戦後すぐと違い、昭和30年代前半の有楽町駅前、それも大新聞社の記者が大勢集う横丁に、そんな荒っぽい人が多かったのですか? 筆者は思わず聞き返してしまったのだが、親父さんは笑って答える。

「口喧嘩ね」。

……弁のたちそうな記者同士の口喧嘩、(遠巻きなら)見ものだったかもしれない。

こんな話を筆者が根掘り葉掘り聞き出していたのは、ミート大正軒のご主人、佐野常雄さん。現在も精肉店を営んでいるが、かつて店は有楽町駅前に存在した横丁内にあった。その名は〈すしや横丁〉。当時の人々は、「すし横」、と略称で呼んだ。近くには朝日、読売、毎日と、新聞3社の本社があり、横丁には終夜営業する飲み屋もあったから、記者たちは各々ナワバリの店に出入りしては安酒をあおり、情報交換し、ときにケンカもしたのだった。


終戦後の有楽町駅前に、ヤミ市が立ち、やがて横丁ができた。

この横丁もまた、他の盛り場と同様に、もとをただせばヤミ市から始まっている。

終戦後、有楽町は進駐してきたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の拠点となり、本部のあった第一生命館(現・DNタワー21の一部)ではマッカーサー元帥が執務していた。焼け残ったビルも多くが進駐軍に接収され、米兵が街を闊歩していた。
埋め立て前の外濠川にかかっていた数寄屋橋あたりには、ヤミ物資を売る人々、シューシャインボーイ(戦争孤児の靴磨き)、傷痍軍人たちが大勢おり、橋から駅にかけてはパンパンと呼ばれた街娼たちも相当の人数が立っていた。「ラク町のお時」というパンパン約150人を束ねていた女傑などは、NHKに取材され全国的に有名になり、小説や映画のモデルになるほどであった(余談だが、さらに上に大姉御もいたらしい。また、このお時さんの晩年の姿を、新宿ゴールデン街でよく見かけた、と記した資料もある)。



中央に見えるのが、GHQの本部があった第一生命館だった建物。

同じ時期、都交通局の印刷工場の焼け跡で酒を飲ませる人々もいた。ヤミ市ができたのだ。引揚者や在日コリアンの人々が多かったという。カストリと呼ばれる粗悪密造酒(工業用メチルアルコールが混ぜられていることもあった)を出すところも多く、飲んで身体を壊したり、命を落とす者もいた。自由に飲めない時代、それでも人は酒を欲した。

当初はヨシズ張りの一坪飲み屋ばかりであったが、やがてバラック建てになっていった。駅の目の前、国鉄の線路に沿ったわずか100メートルほどのスペースに、昭和23年頃には組合も組織され、100軒もの寿司屋や飲み屋、ホルモン屋などが密集して商売をするようになっていた。これが〈すしや横丁〉である。

もちろん、世が落ち着きを取り戻したころには危険な酒は出していないが、ホルモンを焼く匂いに交じって汲み取り式便所の匂いが漂い、酔っ払いが行き来するバラック街は、そのまま昭和40年代前半まで残った。

他にも、食堂、バー、喫茶店などもあり、なかには変わり種も。
「戦後、兵隊から帰ってきてもクニに帰らずに店をやった人が何人もいたよ。軍の炊事場で料理を覚えたみたいでね。そうだ、ヘビ屋もあったな」と前述の佐野さんは昭和30年代の横丁を回想する。ヘビ屋とはマムシやハブの生き血や肉を、滋養強壮剤がわりに飲ませたり食わせたりする店のことである。戦前にはよく見られたが、現在はほとんど消えた業態である。

筆者は、この横丁にどうしても行きたい。マムシの生き血は飲めないが、ここで酒を飲みたい。……当然、叶わないが、幸いなことに路地の写真は多く残されている。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

2020年五輪の話題が「光」なら、消えゆく昭和の風景は「翳」。まぶしい光でなく翳にこそ惹かれる、そんな人々に向けた渾身の一書!

この連載について

初回を読む
東京ノスタルジック百景 シーズン2 ~今見ておきたい昭和の風景

フリート横田

ライター兼編集者として、数々の街歩き取材を重ねてきたフリート横田氏。著書『東京ノスタルジック百景』からのcakes連載が好評を博し、満を持して書き下ろしの連載がスタート。2020年の大イベントを控え、急激に変化しつつある東京。まだわず...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

elba_isola |フリート横田 @fleetyokota |東京ノスタルジック百景 シーズン2 ~今見ておきたい昭和の風景 新橋といい、 5ヶ月前 replyretweetfavorite

fleetyokota ヤミ市から生まれた猥雑なる横丁が 5ヶ月前 replyretweetfavorite