お金で愛を手に入れることはできるのか?【第1回】

フリーアナウンサー・羽鳥慎一氏の妻であり、人気脚本家である渡辺千穂さんの初エッセイ連載がスタート! 世間の愛すべき「夫」の実態を知ることで、夫への見方がプラスに転じる、「なんかいいじゃん、うちの旦那!」と再発見できること必至! 夫への不満でメンヘラになる前に、離婚届にサインする前に、この連載でほっこり温まってください。初回のテーマは「お金と愛」いきなり重いですが、深イイ!

今から十数年前、知人夫婦が離婚をした。私よりも年下の、今思えば、若い若い夫婦だった。元夫は、離婚理由を、「不倫とかギャンブルとか借金とか嫁姑とか、そういった目に見える問題があったわけではなくて、いわゆる気持ちのすれ違い」と言っていた。たくさんの小さな不満や鬱憤が積もりに積もって、「この人と一生添い遂げるなんて無理!」と、お互いが爆発してしまったらしい。

二人が付き合っていた頃、彼より3歳年下の元妻だった彼女は、女子大生だった。「この子と結婚したい」と、彼は付き合った当初から思っていたらしいけれど、それも若い頃は、よくある話だ。ちょうど彼女が就活の真っ最中の頃に、突然彼の転勤が決まった。「このまま遠距離恋愛になったら、いずれ別れることになるだろう」そう感じた彼は、猛烈に熱烈なプロポーズをした。そうして二人は結婚をした。

彼女は、就職せずに大学卒業と同時に彼とともに地方に行くという、とても大きな人生の決断をした。そんな二人の結婚式は、それはそれは幸せな空気が溢れていた。心から「よかったね」と友人たちみんなが祝福していてた。

それが、2年経たずして離婚した。勝手な話だけれど、ちょっとしたショックを受けた。今の年齢になると、離婚も珍しくないけれど、当時は第一号ということもあったから、きっと余計に。ただ、結婚生活も長くはなかったし子供もできる前だったし、なんとなく、そう揉めることもなくお別れして、きっぱり別々の道を、それぞれの幸せを目指して歩んでゆくのだろうと思っていた。

離婚から5年後、友人たちとの久し振りの集まりに、元夫だった彼が顔を出した。「若さゆえ、お互い堪(こら)え性がなかったんだよな」と、5年分だけ大人になった彼は、あの頃を振り返り、そう口にした。「離婚しても気になるもの?」などとズケズケと聞く毒舌な友人に対し、「気にしても仕方ないから気にしない。自分にできることを精一杯するしかない」そんな彼の答えに、疑問が浮かんだ。

「5年も前に離婚した元妻に、元夫ができることってなによ?」。ごにょごにょ、まごまごとなった彼に、時間をかけて聞き出したてみたところ、未だに元妻にお金を支払っていることが判明した。離婚から向こう10年、元妻の生活費として、片手では足りない額のお金を毎月の生活費として、支払う約束をし、滞ることなく振り込んでいるらしい。

それはどうやら「解決金」という名称らしく、なんでも、学生だった彼女の就職活動をやめさせて結婚したのに、結局は離婚したことに対しての謝罪の気持ちとして、支払っているとのことだった。そんなに高給取りでもない彼にとって、その出費は本当に大きいと思う。

もちろん、色々な考えがあることはわかっているし、彼本人が納得しているので問題はないのだけれど……それでもやっぱりなんか、どこか腑に落ちないというかなんというか……うまく言葉にできないけれど、なんだかモヤモヤした。辺りを見渡すと、みんなも同じように、モヤモヤとした顔をしていた。

そんな中、男友達のひとりが、口火を切ってくれた。「10年は長くないか?」うんうんと、一斉にみんなが同調する。無理矢理結婚したわけじゃない。ましてや離婚したいと言い出したのは元妻の方。2年足らずの結婚生活。一応の財産分与もしたじゃないか。離婚して5年も経てば、働いてるなり再婚してるなり、新しい生活の基盤もできているだろう。そんな風に、みんなのモヤモヤの原因を言葉にしてくれた。

元夫は、離婚後の彼女の消息を、全く知らないと言う。この5年間、毎月、ただただ決まった金額を振り込んでいるだけ。元妻からは、なんの連絡もないので、そのお金がちゃんと届いているのかどうかもわからない。変な話、亡くなっていてもそれを知らずに振り込んでいる可能性もあるのだ。

「決まったこととはいえ、律儀に振り込んでいるのにお礼のひとつもないなんて、失礼だ」
「利用されてるだけじゃないか」まさに、やんややんやといった感じで、外野が騒ぎだす。「弁護士を通して、もう一度見直しをしてもらったらどうだ?」そんな意見が出る。

「それは、しない」その時、彼はキッパリとそう言い切った。「どんなことでも、自分が約束したことは守るのだ」と。「まあ、そうだよな。当たり前だよな」そんな同調の意見もあったけれど、「いやいや、約束を守るとか破るとかじゃなくて、見直しを提案すれば、正当に減額になるかもしれないじゃないか」という意見が大多数だった。

結局、その日は、解散となる明け方までその話題で持ち切りだったのだが、「約束の10年間は払い続ける」という、彼の思いはとうとう変わらなかった。それはそれでとても立派なことだと思う。もしかしたら感謝もされないかもしれないけど、約束を、責任を果たそうとする姿は、とても立派だし誠実だ。誰にでもできることではない。だけどやっぱり、友人としてはまだどこか、モヤモヤが残るのも事実なわけで……。その後、地方へと転勤になった彼とは会う機会もなく、たまーに、それこそ年に一度くらいの割合で、「解決金どうなったかな」などと思い出しては、またなんとなくモヤモヤしていた。

あの集まりから五年が経った頃、あのメンバーのうちの一人の結婚式があり、久し振りにみんなが集まった。そこへ顔を出した彼をひとめ見て。びっくりしたことが2つあった。

一つ目は、左手の薬指に結婚指輪をしていたことだ。彼はちょっと恥ずかしそうに、つい先月、再婚したことをみんなに報告した。離婚からちょうど10年。約束の解決金の支払い期間も終わったことだろう。それと同時に訪れた春を、居合わせた友人一同、みんなが喜んだ。

「今度は大丈夫」と言った彼の顔を見て、きっと本当に大丈夫なんだなと思った。
「どんな人なの?」「どこで出逢ったんだよ」「なにしてる人?」「いくつ?」「「結婚式は?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に、ジッと耳を傾けていた彼が、思い切った顔で切り出した。
「実は、10年前に離婚した元妻と、再婚したんだ」。驚く友人一同を前に、彼はことの成り行きを話し始めた。

彼は10年間、ただの一度も遅れることなく、解決金を支払い続け、完済したらしい。きっちり支払いが終えたその日、清々しい気持ちになったそうだ。清々しい気持ちのまま、家で発泡酒を飲んでいたら、知らない電話番号から着信があった。
「あの……」少々遠慮がちなその最初のひと声で、すぐに元妻だとわかった。「おおー」と、懐かしさが込み上げてきた。元妻から「一度会いたい」と言われて、とても嬉しくなり、さっそく次の東京出張に合わせて、待ち合わせ場所と日時を決めた。

「会いたい気持ち」というのは、彼いわく、恋愛感情なんかではないらしい。会うことが、自分の人生がプラスの方へ行くきっかけになるんじゃないか、そんな思いがあったらしい。それはとても理解できる気がした。大きな憎しみがあったわけでも、相手を嫌いになったわけでもない。「若さゆえ、堪え性がなかった」だけなのだ。今なら許せることが、グッと飲み込めることが、当時はできなかったのだ。とはいえ離婚した。苦い過去である。

そして10年だ。忘れてもいいかもしれない過去だ。けれど、毎月「解決金」を支払っている以上は、毎月思い出すわけで、忘れることなんてできない。そんな期間がようやく終わったのである。これを機に、「自分のしてきたことは一体なんだったのか」知りたくもなるだろう。だけど、日にちが近づくにつれ、彼の中に「会いたくない気持ち」も芽生え始めた。

原因は、5年振りに私が彼と会い、ひとめ見てびっくりした二つ目にある。彼はこの10年間で、45キロも太ったのだ! 45キロは凄い。半端じゃない。ちょっと細い女性ひとり分の体重がプラスされるんだから。見た目も全然違う。顔も身体も、まるで別人だ。5年前に会った時は、「ちょっと太ったな」と思ったぐらいだった。その頃で10キロの増加だったらしいが。更に、そこからプラス35キロ……。彼女にも彼女なりの「会いたい気持ち」があって連絡してきたに違いない。彼と同じように、自分の人生がプラスの方に行くきっかけになると思ったのかもしれない。ただただ、お礼を言いたいのかもしれない。

二人の間に、恋愛感情がなかったとしても、ファンタジー的な空気は漂っているのだと思う。そのファンタジー的な空気は、「解決金」で繋がっていた10年間という期間で育ったのだ。それなのに、いきなり超デブになった元夫が目の前に現れたら……。驚くと同時に失望するに決まっている。がっかりさせてしまうだろう。愕然とさせてしまうだろう。

だが、彼の中で、最終的に「会いたい気持ち」が「会いたくない気持ち」に勝った。彼は当日、待ち合わせ場所に向かった。そこには、少しだけ大人っぽくなった彼女がいた。彼女は、彼を見ると、心底驚いた顔をしたが、たいして気に留めない素振りで、この10年をどんな風に生きてきたのかを話し始めた。

彼女は、離婚後すぐに実家に帰り、知り合いの紹介でとある企業の受付で働き始めた。働きながら、以前から興味のあったインテリアデザインの勉強をし、資格を取って転職。現在はインテリアデザイナーとして働いている。社会人としてイキイキとしている彼女には、これまでにはなかった魅力があった。とても眩しくてそれがとても嬉しかった。

この10年間、彼女は毎月通帳を記帳し、「解決金」が振り込まれているのを確認していた。入金があるとホッとしていた。「元気なんだな、私のことを忘れずにいてくれるんだな」そんな風に思っていたらしい。そんな彼女も人並みに恋愛をしてきた。付き合ってきた相手に「私の友人の話なんだけどね」としながら、自分の話をして、「解決金を支払い続ける元夫をどう思うか」と、質問してきた。
「バカだろ」「アホだろ」「そういう男は出世しない」そんな風に言い放った男たちに対し、自然と気持ちが冷めてしまった。

「解決金」をただただ支払い続ける律儀な彼を、彼女はとても「誠実な人だ」と思っていた。もらっておいてなんだけど、自分にはとても真似できない、と。「彼ほど誠実な人はいるのだろうか」と考え続けているうちに、離婚は、「若さゆえのお互いの堪え性のなさ」にあったのだと気がついたのだと言う。
10年経って、自分も少しは大人になった。だからこそ、彼女も会いたいと思ったのだ。

そして、10年振りに再会した。再会した彼の容姿は、激変していた。45キロも太った彼に対し、彼女は驚きの表情を浮かべたものの、彼が恐怖していたような、がっかりと愕然とした顔にはならなかった。むしろ不健康なその生活習慣を心配した。なんとか健康に痩せてもらいたいと思った。そんなこんなで二人の思いは再燃……というか、この場合は成就と言った方がよいのか、とにかく、めでたく結ばれたのである。

「結婚式はもういいよ。同じ相手と二度目の結婚式なんて、呼ばれる方も迷惑だろうし」そう言った彼に、友人たちがサプライズでレストランパーティーを企画した。それはそれは素敵な、あたたかなパーティーだった。お金で愛を手に入れることはできない。だけど、お金が二人の愛を育む。そんなこともあるのだ。ちなみに、妻は「解決金」には一切、手を触れていなかった。そっくりそのまま、二人のマイホームの頭金に使うことになったらしい。

世間の愛すべき「夫」が大集合!

この連載について

あなたの夫は素晴らしい人だと叫びたくなる

渡辺千穂

中高年女性の間でときに「断捨離対象」のような扱いを受ける「夫」という存在。一生の愛を誓ったはずの夫が、いつ、どこで、どうして変化してしまったのか……。そう思い悩む中高年予備軍(30〜40代)の妻たち、結婚を控えている女性へ向け、人気脚...もっと読む

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コメント

tatsuya お互いステキ✨〉 12ヶ月前 replyretweetfavorite

cucciolo_rs16 |あなたの夫は素晴らしい人だと叫びたくなる|渡辺千穂|cakes(ケイクス) 人生って、吉凶混ざり合いで、その中でも幸せがあるんだな。 何でも気の持ちよう? https://t.co/CVLe9TrSur 約3年前 replyretweetfavorite

otsuka752 おー、面白い。本当かどうかとは無関係に面白い。 https://t.co/eUOYb9bNno 3年以上前 replyretweetfavorite

moxcha 解決金をやめさせようとする外野と筆者にドン引き。大卒の新卒をフイにした責任は重いよ? 3年以上前 replyretweetfavorite