食後、千佳が璃久を風呂に入れて寝かしつけるまでの間、徹生は、金曜の夜の情報番組で、彼と同様に「生き返った」という仙台の少女が、家族と一緒にインタヴューを受けているのを眺めていた。
「事故に遭った時のことは、覚えてますか?」
「部活のみんなと信号を待ってて、そしたら、急に車が突っ込んできて、……」
「轢かれた、というのは?」
「いえ。……ただ、アッて感じで、……」
「自分がその時に亡くなってたってことは、どうかな、信じられる?」
座布団に座って、首を振る少女の手を、傍らで母親が握り締めている。反対隣には、徹生より少し年上くらいの父親が、背中を丸めて、俯き加減で胡座をかいていた。
ビール缶に口をつけていた徹生は、その縁を軽く歯で噛んだ。
「お父様は、娘さんに再会された時は、どんなお気持ちでした?」
「それは、……言葉に出来ないです。こんな奇跡が起こるなんて、想像もしてませんでしたし。……ただただ、うれしい。その一言です。」
画面右上には、「交通事故死の少女、奇跡の生還!?」という文字が躍り、左上には、スタジオの芸能人らの顔が映し出されている。
「今、一番、何をしたいですか?」
最後に少女が、改めてアップで映された。二つ結びにした黒い髪。おでこのにきび。左右の揃わない一重まぶた。半開きの口。……
「うーん、……またブラスバンドに戻りたい。クラリネット吹きたいです。」
「新しいクラリネット、買わないとな。」
父親は、はにかむような娘の手を甲から握ると、約束を確認するように言った。
『この子は、正直に喋ってる。』
徹生はそう感じた。この無垢な表情が噓だというのなら、この世の一体、何を信じればいいのだろう?
「あの子をよく見てください! 本当にあの子が、噓を吐いていると思うんですか?」
今日の病院でも、そう言えさえすれば、どんなに説得力があったことか。……
もし仮に、この少女が、世界中から爪弾きにされたとしても、彼女の両脇に座っている両親だけは、断固として、その言葉を信じるに違いなかった。彼らにとって、娘が生き返ったことは、「ただただ、うれしい」ことなのだから。
徹生は、握り締められた少女の手を見つめながら、無意識に鼻を搔いた。その指には、まだあの隣の犬の臭いが微かに残っていた。
千佳が、濡れた髪を撫でつけて居間に戻ってきた時には、9時を回っていた。
普段から薄化粧だったが、湯上がりの火照った白い頰には、それでもやっと素肌になれたという解放感があった。幾分張った左右の顎が、細い首に静かな影を落としている。以前は気にして、よく鏡の前で、髪で隠してみたり、手で覆ってみたりしていたが、その時の彼女の、さも残念そうな顔が、徹生には、何とも言えず愛らしく感じられていた。所謂「美人顔」ではなかったが、彼女が働く駅の土産物売場では、杖をついたような年配の客に、「べっぴんさん」と評判が良かった。
徹生は、水の入ったコップを持った千佳に、
「三年の間に、千佳がまた、すごく母親らしくなってて、ビックリしてる。」と言った。
千佳は、テーブルを挟んで、徹生と向かい合わせに腰を下ろすと、「そう?」と言った。
「うん。さっきの璃久への注意の仕方とか見てても。」
「いい子よ、りっくん。」
「それは、そうだよ。俺と千佳の子供なんだから。」
徹生は、曖昧な笑顔を見せた彼女に、しんみりと言った。
「俺は側にいてあげられなかったけど、すごくちゃんと璃久を育ててくれてて、……本当に感謝してる。ありがとう。……自分のことで頭がいっぱいになってたけど、一番にそのことを言うべきだった。」
千佳は、つと顔を上げると、十秒間ほど、徹生の目を見ていた。そして、一言だけ、
「本心?」と尋ねた。