ビッグデータの可能性/あらゆる場所がメディアになる【第54回】

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの最新刊『そして、暮らしは共同体になる。』の全原稿を火・木の週2回で公開中。第4章は、著書『レイヤー化する世界』で展開されていたテクノロジーの視点が加わり、新しい共同体のかたちがいっそう具体的に見えてきます。

ビッグデータの可能性

 ここで、食材の通販をおこなっているオイシックスにもう一度出てきてもらいましょう。登場していただくのは、同社でマーケティングの責任者を務めている西井敏恭さんです。

 西井さんは以前は、化粧品会社ドクターシーラボの仕事をしていました。オイシックスにかかわるようになって感じたのは、野菜と化粧品の決定的な違いでした。

 化粧品と違い、野菜は増産ができません。化粧品は工業製品ですから、ヒットすれば原材料をたくさん発注し、いくらでも増産することができます。ヒット製品をひとつでも生み出すことができれば、小規模のネット通販ならそれで成功といえるでしょう。

 ところが野菜の場合、たとえばトマトの新しいタイプが爆発的に人気が出たとしても、急には増産できません。農家さんから納めてもらった分しか売れないのです。おまけに季節が変わっていくごとに、野菜はつぎつぎと入れ替わっていってしまいます。夏が終われば夏のトマトは終わり、秋野菜に移行していくのです。

 だから野菜は、「一発狙い」ができません。おまけに種類がものすごく多いので、ページをひとつひとつつくっていかなければなりません。少量多品種を売り、全体として売上を出していくというのは、成果を一発で出しにくいのです。

 おまけに野菜は「なまもの」ですから、在庫管理や品質管理も非常にたいへんです。化粧品はそうかんたんには劣化したりしませんから、倉庫の空きさえあれば在庫を長期間持っておくことができますが、野菜はそれができない。ちょっと前に「これは美味しい!」と感じていたはずのトマトが、3か月後にはとたんに味が落ちて美味しくなくなってしまうように感じてしまう。しかも見た目ではなかなかわからないので、実際に食べて確認しなければならない。その確認行為を忘れると、お客さんから「美味しくなかった……」と苦情が来てしまいますし、品質を管理できていないと思われてしまいます。

 家庭の食の商売というのは、ほんとうにたいへんなのですね。すぐに品質が変わってしまう、腐りやすい野菜という商品を、お客さんのところに素早く送り届ける。しかも大ヒットが出ても増産できない、同じものを売り続けるのも難しい。さまざまな商品をどう組み合わせて、全体として売っていくかを考えなければならない。

 でも、だからこそ家庭の食は面白いのだ—とも西井さんは感じています。

 ひとりひとりのお客さんが購入する商品の種類と量を考えてみましょう。化粧品を毎日買う人は普通はいません。たとえばあるお客さんが、「保湿クリームとクレンジングクリームはこのサイトのが気に入ったからいつもここで買う」と決め、手持ちがなくなったら買い足してくれるとすれば、年に買い物してくれる回数はせいぜい5回ぐらいです。購入する商品の種類もわずか2種類。

 でもオイシックスのような野菜の宅配だと、お客さんは週に一度はつかってくれます。購入する商品も、10〜20種類ぐらいはあります。

 この違いが何を生み出すかというと、「お客さんがどんな人なのか」を想像しやすくなるということなんです。保湿クリームとクレンジングクリームを年に5回買ってくれる人がどんな人なのかは、ほとんどわかりません。お化粧をしている女性なんだろうなあ、というぐらいです。

 でも食のネット通販を利用してくれている人たちは、その生活の様子があれこれと想像できます。野菜をよく買ってくれるお客さん。根菜が好きなお客さん。香味野菜が好きな人。基礎調味料をよくつかってくれる人。買ってくれる商品の種類や量には、その人の生活スタイルが表れやすいんですよね。

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ジャーナリスト・佐々木俊尚が示す、今とこれからを「ゆるゆる」と生きるための羅針盤

そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚
アノニマ・スタジオ
2016-11-30

この連載について

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そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚

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musevanreyback 「単なる配送手段としてのメディアから、より広い意味のものへとメディアは変わってきています。ネット時代には、あらゆる場所がメディアに…メディアは、物語を駆動するエンジン…」 約2年前 replyretweetfavorite

sasakitoshinao 今、メディアの意味が変わろうとしている。その新しい定義について考えました。 約2年前 replyretweetfavorite