思い立ったらボタンひとつで/魔法のようなテクノロジーに支えられる【第52回】

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの最新刊『そして、暮らしは共同体になる。』の全原稿を火・木の週2回で公開中。フィナーレへ向かう第4章は、著書『レイヤー化する世界』でも展開されていたテクノロジー論から、共同体の話につながっていきます。進化すればするほど、技術は意識されなくなって、ついには魔法のように見えてくる——はやくも1960年代に予言されていた状況が、現実になりつつあります。

思い立ったらボタンひとつで

 そこまで先端的な未来まで行かなくとも、いまのようなウェブ画面でクリックしたりタップしたりして「買い物かご」に溜めて、最後に決済というようなUIは間もなく廃れていくとわたしは考えています。もっと実生活に密接につながり、たとえばリアルの店舗や青空市場とも連携したような新たなUIが登場して来るでしょう。

 いまのウェブのUIは対面型です。パソコンにしろスマホやタブレットにしろ、画面と人間は向き合っています。でも歴史を振りかえって見れば、人間と道具が同じ方向を見ているというのがどちらかといえば主流でした。

 スコップや(くわ)。鉛筆。スプーンとフォーク、箸。靴。弓矢や刀。

 みんな同じ方向ですよね。もちろん、アナログだけど対面型もありました。方位磁石や定規、そろばんなどがそうです。これらがなぜ対面型なのかというと、かんたんな話で、表示部分があるからです。方位磁石で方角を読み取り、定規の目盛りで長さを調べ、そろばんで足し算の答えを確認する。でもこういう表示部分を見ながら操作する機械というのは、人間の身体と一体化はしにくいですよね。つねに自分とは離れたところに置いて、目で見なければならないからです。

 パソコンやスマホもそうやって対面型なのですが、もっともっと人間の身体と協働していくようになると、やがてはスコップや箸と同じように同方向型へと移行していくのではないかということも言われています。実際、最近は身につけられるウェアラブルデバイスというものも発売されるようになって、メガネ型のウェアラブルデバイスなどは同方向型ですね。そのほうが人間にとっては自然です。

 映画監督の宮崎駿さんは、タブレット機器についてこんな発言もされています。


「あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色悪いだけで、僕には何の関心も感動もありません。嫌悪感ならあります。その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。電車の中がマンガを読む人間だらけだった時も、ケイタイだらけになった時も、ウンザリしてきました」(小冊子「熱風」2010年7月号)


 何十年か後の未来の人たちが2010年代の街角の光景を見ると、きっと不思議に思うでしょうね。「この人たちは何のお(ふだ)を見ているんでしょうか? 宗教的な儀式みたいなもの?」。たぶんそのころには、液晶を眺めて指で操作する対面型の機械は廃れているんじゃないかと思います。

 ネットショッピングのやりかたも変わるでしょう。パソコンやスマートフォンを操作して注文するのではなく、もっと別の形になる。

 たとえばすでに現実になっている例としては、世界最大手のネット通販であるアマゾンの「ダッシュ」という製品があります。

 音声認識と、バーコードリーダーを内蔵したスティックのかたちの機器です。スティックの片側には輪っかがついていて、台所などのフックとかに吊しておけるようになっています。台所洗剤がなくなったら、ダッシュで洗剤のボトルのバーコードを読み取る。ピッと音がすると、無線LAN経由でアマゾンにデータを送り、買い物カートにその洗剤を入れておいてくれるというしくみです。

 バーコードがなくても、ダッシュに向かって「炭酸水」と呼びかければ、音声認識で買い物カートに炭酸水をひとつ入れておいてくれる。あとは時間が空いたときにまとめて発注すれば、商品が送られて来るのです。アマゾンはいま米国で「アマゾン・フレッシュ」という生鮮食料品の宅配サービスもやっていて、りんごとか肉とかも専用のバッグに入れて届けてくれるようです。

 さらにその後、ダッシュをさらに簡略にした「ダッシュボタン」という機器も発表しました。スティック型だったダッシュを、小さなボタンの大きさにしてしまったものです。

 アマゾンが用意した説明の動画を見ると、洗濯機の操作パネルのあたりに、洗濯洗剤「タイド」のロゴがプリントされた小さなボタンがマグネットで貼り付けられています。このボタンをチョンと押すと、なんとアマゾンの買い物カートにいつもつかっているタイドの洗剤ボトルが自動的に入るというしくみ。シンプルかつミニマルですね。

 このダッシュボタンは、つかい道をあれこれ考えれば、生活空間のさまざまな場所に展開していくことが可能です。たとえばマガジンラックに「ニューズウィーク」ダッシュボタンを貼り付けておけば、ボタンを押すだけで最新号が手に入るなんてことが可能になります。

 それだったら自動的な定期購入の方がいいのでは、と思う人もいるでしょう。でもこれって、意外とめんどうなんですよね。旅行や出張のあいだに勝手に届いてしまうと困るし、洗剤やゴミ袋のような日常の消耗品は購入のタイミングがかならずしも一定ではありません。部屋を大掃除すればゴミ袋はたくさんつかうし、長い出張に出ていれば台所洗剤も洗濯洗剤も減らない。定期購入にしてしまうと、配達されてくるタイミングに自分の生活パターンを合わせないといけないので、なんだか本末転倒です。「機械に操られてる」感もある。

 ダッシュボタンだと、定期購入のように勝手に配達されてくる心配はありません。あくまでもお客さんの側が「自分の意思で買うんだ」と判断し、でもその判断をしたら即座に、しかも超かんたんなやりかたで購入できる手段をちゃんと用意してあげる。これこそが理想的なネット通販なのかもしれません。


魔法のようなテクノロジーに支えられる

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そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚
アノニマ・スタジオ
2016-11-30

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anonimastudio 意識せずネットを使えるUIの進化が、暮らしを変えはじめています。 @cakes_news: 2年弱前 replyretweetfavorite

sasakitoshinao UIとUXの未来とは何かを語りました。 2年弱前 replyretweetfavorite