「デメリット……言うのは、怖いです」
「解る。そこで一つポイントがあるよ」
「ポイント?」
「デメリットを言う時のポイント。それは【一般的にはデメリットだけど、その人にとってはそれがデメリットにならない、というミラクルポイント】を探すこと」
「?!」
「意外とあるから」
「たとえば……?」
「たとえば、じゃあ、不動産。一般的には南向きの部屋が日当たりが良いとされているけれど、美意識が高すぎる人だと、窓から差し込む日差しで日焼けするのを恐れて年がら年中カーテン締め切って暮らしてたりするし、一人暮らしの男性とかだと布団干す気とかゼロで洗濯物は部屋干ししかしないようなライフスタイルの人も多いよね。
そういう人からしたら日当たりの良し悪しとか窓の方角って何でもいいから、南向きじゃないことがとくに問題じゃないんだよね。だから『この部屋のデメリットをお伝えすると、窓が北側にしかないので、日当たりが悪いことです』って言われても、買う気に影響しない。だけど『デメリットをちゃんと教えてくれた人』っていう印象は残るし、逆にこの部屋には他にはもう悪いところは無いんだなって安心にも繋がる。
言い方としては『昼間はカーテンって開けます?』『布団とか、どのくらい干します?』って軽くリサーチを入れてからの『あ、じゃあ良かった! 窓が北向きのみなので、そこがデメリットと思われる方もいるのですが、鈴木様の場合は関係ないですね』みたいなのもあり。
他にもよくある一般的なデメリットだと、駅から遠いとかもそう。その人がそもそも電車移動しない生活スタイルの場合も、あるわけで。スーパーが遠いのも自炊しない人には関係ないしね。その人にとってはどうでもいいことをちゃんと見極められると、デメリットを伝えるリスクがなくなる」
「なるほど……」
「あと逆に、メリットもそうだよね。一般的には別にメリットじゃないような特徴が、その人にとってはめっちゃメリットになる場合も、あるし。何が欲しい人なのか、何が嫌な人なのかを、きちんとリサーチすると、売れる確率は上がっていく」
「確かに……」
「必要のない高機能を売りつけてこない人、って認識も信頼に繋がるから、さっきの例だと、たとえば『この物件は駅から近くてそこが一般的には魅力ですけど、鈴木様って電車使います? 職場は自転車で行ける距離でしたよね? で、遊びに行くときは車が多いんですよね? だとすると駅近の分の上乗せの家賃を払うのもったいないですよね。払った金額分の良さを体感できる物件がいいですよね。ちょっとその線で探します!』的な」
「それ……すごいですね……!」
「うん。あとね、物を売る時に気をつけた方がいいのが、相手の想像力をアテにしないこと。それを買うことでその人の生活のどこがどんな風に良くなるのか、とことん具体的に、教えること。その商品の良さを把握することについて、相手任せにしないこと」
「……というと?」
「たとえば、まだ世の中に電話ってものがなかったとする。そして電話という商品を発売することになり、その営業をするとする。電話ってすごいんです、遠くまで声が届くんです! 海外にいる相手とも話せるんです! という説明じゃ、全然ダメでしょ」
「え、ダメなんですか……?」
「だって、海外にいる人と話したくなることがない人の方が多いよね。遠くにいる人と話せるのは確かにすごいけど、別に、会って話せばよくない?って思うよね。電話がない世界だと。遠くにいる状態で話す意味は?って多くの人は思う。自分の生活には必要ないかなーって、なる」
「まあ、確かに……遠距離恋愛とか単身赴任でもしてないと、差し迫って、買うほどのものじゃない気がしてきますね……」
「そう。だけど、たとえば『電話というものがあると、待ち合わせが便利になります。かなりギリギリの時刻でも変更が可能になるので突然の腹痛でも安心です。さらに、外に持ち運びができる携帯タイプの電話の場合は、相手がすでに家を出てしまった後にでも時間の変更やドタキャンをすることが可能になります! 遅刻をした時に、何分後に着くかの情報を届けられるようになるので、寒空の下で相手を待ちぼうけさせることも自分がすることも、なくなります。あと、たとえば告白をする時なんか、対面でするとフラれちゃった場合にこの後の空気どうするよ……今日ここから解散まで気まずいよ……ってなりますけど、電話だったら切ればいいから、気が楽ですね!』的な」
「すごいですね……! 告白のくだりはあれですけど、待ち合わせに関しては、確かにそう言われてみると、自分の生活がすごく便利になるイメージが持てますね」
「そう。イメージを、丸ごと渡してあげるの。それを買うことでどんな快適が手に入るのか、それを分かってもらうことに関して、相手の想像力は一切アテにしない方がいい。みんな、本当に、想像力ないから。
お客さんに頼らないこと。買いたくなるためのイメージは、売りたい側が用意するの。買うことで今と何が変わるのか、どこがどう便利になるのかを、映像が浮かぶくらい丁寧に教えてあげること」
ハナコの言うことは、どれも理屈としては理解できた。
けれど、うまく自分に当てはめられない。エステティシャンの仕事では、具体的に何をどうしたら、良いのだろう……。そう考えていると、
「ということで。ここからは、具体的に、エステの現場でどうしたらいいかの話ね!」