「欲しい未来を手にいれるために、今日から取り組めるミッションを決めて、あなたの人生を動かしていきましょう」
ミッション……?
そこまで言い終えるとハナコは、また大人げなく喜んでいた時と同様のやわらかい表情に戻り、話を続けた。
「で、悩みがあるんだよね? どうしたの?」
「あ、えっと、悩みというか……仕事で、思うように結果が出なくて。努力はしてるんですけど」
「お仕事は何してるの?」
「エステティシャンです」
「そうなんだ。どんな努力をしてるの?」
「技術を磨く努力は、すごくしてきました」
「そっか。どんな結果が、出てないの?」
「売り上げが全然伸びなくて。契約も取れないし、商品も売れないし、指名もないし、オプションもつかなくて」
「そうなんだ。お店全体の売り上げが悪いの?」
「そんなことはないです。店舗としては、どちらかといえば良い方で、同僚たちはすごく売っているし、契約も取れてますね……」
「そっかそっか。優香ちゃんは、自分の売り上げが伸びないのは何でだと思う?」
「私が担当するお客さんて、ケチな人が多い気がします。客運が悪いというか。施術や扱っている商品はどれも本当に良いもので、そう説明しているけれどダメだから、相手の買う気というか、懐事情の問題な気がしますね。たまたま、お金を使う気がない人にばかりついてしまってるような。売りようがない空気を感じます、いつも」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと、試しに、私に営業トークしてみて!」
「え?」
「私が、今日初めて来たお客さんだと思って、いつも通りの接客してみて」
「は、はぁ」
「はい、スタート」
いきなりの展開に少し焦りながらも、客ですというような表情を作ってスタンバイを始めたハナコに押されて、優香もプロのスイッチを入れる。
「本日は、バストケアコースのお試し1回ということで、私、木内が担当させて頂きます、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「施術に入らせていただく前に、今後の流れをご説明させて頂きます」
そして優香はいつも客にする通りに、10回コース、30回コース、50回コースについての案内、このエステにはどんな効果があって、コースで契約をするとどれだけお得か、などの説明をした。基本施術の他に、どんなオプションがあって、どのサプリメントを併用すると一番効果的なのか等も。ハナコは時々あいづちを入れながら、基本的には黙って聞いていた。
「こんな感じです」
「なるほど。だいぶ分かったよ!」
「え? 何がですか?」
「どうして売れないのか。なぜ、お客さんが、優香ちゃんから買わないのか」
「え……?」
*
「人が、それを買うか買わないか決めるときの基準って、なんだと思う?」
「その商品の良さ、ですかね」
「うん、そうだね。でもじゃあ、商品の良し悪しって、どうやって見極めると思う?」
「え……その商品の概要とか、ですかね」
「うん。でもさ、商品の概要を理解するのって、実は、すごく難しいことだと思うんだよね。だって素人だから。それのこと、よく知らないから」
「……?」
「この商品はこんな風に良いんです、って、プロっぽい言葉であれこれ語られても、結局、何言ってるのかよく分からないんだよね、それのどこがどう良いのか、ピンと来ない」
「……」
「だからね、売りたいんだったら、商品の良さで押すよりも、まず、優香ちゃんという販売員を信用させる必要がある」
「え? 私?」
「そう。この人が言うことは信用できる、この人は信頼して大丈夫な相手だって、まず思わせること」
「……それは、どうすれば?」
「そのために必要なことは2つある」
「なんですか?」
するとハナコは、ノートに何やら書き込み始めた。そして「これが、販売員として信頼されるために必要な2カ条だよ♡」と言いながら、ノートを優香に向けて開いた。
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