電気サーカス 第79回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、サイトで知り合った友人や、高校を退学した真赤と共同生活中。気ままに過ごす一方、不安に駆られたり入院したりと浮き沈みの激しい日々を送っているなか、新しい同居人がやって来た。

「料理出来るの?」
「京都に居るときは普通に家で食事作ってたんやで。うどんで良ければ、すぐ出来るんやけど、それでいい?」
 勿論僕らに異存があろうはずがない。頷くと、オシノさんはキッチンで支度をはじめ、僕とタミさんはローテーブルを取り囲んでフローリングの上にあぐらをかき、それを待つことになった。
「タミさん、今日仕事は?」
「午前だけ行ったんだけど、仕事がなかったから家に帰って、ちょっと別注のプログラム書いてから寝てた」
「はあ、そうなんだ。真赤がいないんだけど、どこに行ったか知ってる?」
「原宿に、冬服をとりに行くとか言ってたかな」
「今日オシノさん来るんだから、家で出迎えれば良かったのに。あいつはそういうところを全く考えないよなあ」
 そんな話をしていると、すぐにそれは出来上がった。さきほどのカラフルな器に盛られて、ネギの載ったうどんが供される。
 いただきます、と僕とタミさんは言って、それぞれ自分の器に手をつけるのだが、どうにも味が薄かった。関西風うどんは関東のものと比べて醤油などを控えるというのは知っていたが、それでも薄い。ほんのり味がついているという程度の、ほとんどお湯と言うべき汁であった。旨くない。もっとも、料理の味付けというものはそれぞれの家で違うものだ。これがオシノさんの家の味なのかもしれない。だとしたら文句を言うのも可哀想だ。僕は黙って食べたが、
「これ、味が薄くない?」
 タミさんは僕が言えなかったことをはっきりと言った。
「え、そ、そうかな? うち、京都風の味付けやから、そう感じるんやと思うけど」
 オシノさんは慌てふためいたりして、どうも様子がおかしいのである。タミさんは立ち上がると、キッチンをあさり、うどんを作るのに使ったと思われる粉末ダシのパッケージを取り出した。
「これ、規定量の半分くらいしか残ってなかったと思うけど、これで二人分作ったの? だから薄いんじゃね?」
 日頃より人の欠点や失敗を暴くのに快を感じることの多いタミさんは、ニヤニヤと笑いながら言う。
「いや、そんなことないで。気のせいやで」
 そしてオシノさんは、誤魔化すように笑った。その笑い方は、ほとんど間違いを認めているのも同然だった。
 タミさんは冷蔵庫から醤油を取り出して自分の器に振りかけると、残りを僕に渡す。僕は同じようにそれをうどんの出汁に溶かし、よく混ぜてから食事を再開した。
「ひどいよなあ。ただケチるだけじゃなく、京都風だとか言って嘘つくなんて。おれたちが知らないと思って」
 タミさんはそう言って笑う。
 まったくその通りだ。しかも、これから同居しようという初日の、最初に作った料理でそんな大胆な誤魔化しをするとは。まったく、図太いなあ。信じられないなあ。と、僕とタミさんがからかって笑いながら食べるのを、オシノさんは向こうで苦笑いを浮かべたまま見ている。
 夕方ごろに真赤が戻って来ると、彼女もオシノさんの到着を喜んだ。
 遅い時間に四人でファミリーレストランに行った。帰って来ると、昼過ぎまで眠っていたというのにやたらと眠く、マットレスの上でうとうととしてしまった。すると何時くらいだろうか? 部屋の外から物音がして目が覚める。キッチンの方から聞こえているようだ。小さないびきを立てて熟睡している真赤を寝床に残して立ち上がる。
 キッチンの床の上に、パジャマ姿のオシノさんが居た。正座した膝に覆い被さった、ちょうど柔道で言う『亀』のような格好で彼女はうずくまり、すすり泣きをしているのである。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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