翌日になって、真赤はT川君と一緒に病院を訊ねてくれた。
ちょうど昼食時だったから、僕のベッドにはくたくたにゆでられた、箸でつつくだけで崩れる粥のようなうどんが供されており、最初はそれを食べながら彼らの話を聞いていたのだが、途中で食欲を失って箸が止まってしまう。
うどんが不味かったからではない。確かに不味いことは不味かったのだが、それよりも話の内容が僕から味覚を奪い、ほとんど何も感じなくさせたのだ。
あの日、夜になって帰って来た真赤は、僕がいびきをかいて寝ているのを見つけた。普段いびきなどかかないのにと不審に思った彼女が、いくら声をかけても目を覚まさない。揺すっても目を覚まさない。そして傍らに空になったウイスキーの瓶と、錠剤を抜かれたシートが散乱している。
これはまずいということになって、救急車を呼んだのだそうだ。
ここまでは僕の想像の範囲内であったが、ここから先が違った。
まず僕は、入院した翌日の夜七時に目が覚めるまで、意識もなく眠りこけていたと信じ込んでいたのだけれど、それが勘違いであったのだそうだ。そして、誰もそばに居てくれなかったというのも、間違いだったらしい。
倒れた日の夕方など、真赤やらタミさんやらがわざわざ見舞いに来てくれたそうなのだ。僕はその時目を覚ましていて、対応をしたが、その態度が尋常ではなかったと言う。
「病院に連れて来るなんて、余計なことするなよ! おれはあのまま死んだほうがよかったんだ! なんで助けたんだ! 君たちは、何か勘違いをしているよ」
などと、大変な剣幕でわめきちらし、彼らを追い返したとのこと。知らなかったけれど、信じたくないけれども、おそらく真実だろう。だから僕は、七時に目覚めた時に一人ぼっちだったのだ。
それに限らず、全体的に僕は自分で意識を失っていると自分で思っていた時間に、起きていて、へらへらととんでもないことを喋ったり、行っていたらしい。
たとえば搬送された時も、精神科にかかってるというようなことを自らの口で救急隊員や看護師に告げて、それによって「薬物中毒だ! 薬物中毒だ!」と騒がせた。また、医師が治療や検査のために体に繋げられた様々な管や電極も、むきになって自分で引きはがしてしまった。
言われてから確認してみると、確かに点滴跡のまわりに、絆創膏がいくつも貼ってあった。これが医師や看護師と格闘して管を引きはがした痕跡か。僕の手が血だらけだったのも、それか。この血を拭いもせずに放置していたことから考えると、それが出来ないほどに、僕が反抗的だったのかもしれない。
そりゃ看護師も改めて説明しないわけだ。外から見れば僕はずっと覚醒していたのだし、この血みどろも、自分でやったことなのだ。覚えていない、とはまさか思っていなかったのだろう。
僕の行為としては、近年まれに見るほどに弾力性のある話である。そんな形で他人に理不尽に当たるなぞ、普段は億劫でしないのに、何と活発なのであろう。逆の立場だったら僕は完全に呆れ果てて関わりを絶つところだが、彼らはこうして病院に来てくれている。聖人なのだろうか。
僕は目覚める前から、すでに目覚めていた。しかも、ろくでもない言動を重ね、果てしなく、どうしようもなく、周囲に迷惑をかけていた。
「あのまま死んだ方がよかった」「なんで助けたんだ」だなんて、僕の口がそんな言葉を叫んだというのが奇妙だ。生きていてもしようもないとは、常々思ってはいるけれども、これまで意識の表面の自覚できる部分に、そんなにはっきりとした考えを持ったことはなかった。ましてや、それを人に向かって叫ぶとは。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。