電気サーカス 第77回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、サイトを通じて知り合った友人や、高校を入学直後に退学した真赤と共同生活中。OA機器の修理会社を半年足らずで退職し、怠惰な日々を過ごしているなか、意識を失ってしまい……。

 真っ白な天井、真っ白なベッド、それを狭く取り囲む真っ白なカーテン。
 ここは一体どこだろうと、身動きをすると、左腕に違和感がある。何事かと顔の前に持ち上げると、かすかな痛みと共に、半透明のチューブがぶらりとぶら下がり、それは頭上の点滴へと伸びている。
 何故僕は点滴など受けているのだろう? チューブに触れようとした右手を見て、驚いた。赤黒い、血に汚れている。右の手のひらから肘にかけて、血が一面にこびりついている。指の間のあたりなどはまだぬるぬると湿気を帯びているが、端の方は茶色く乾きはじめており、動かすと細かく剥離した血液がぽろぽろと顔の上に落ちた。一体これは、どうなっているのだろう。
 ちっとも事情が理解出来ず、狼狽えていると、シャーと音を立ててカーテンが開かれ、看護師が現れる。
「じゃあ、お部屋変えますよー」
 僕はその中年女に有無を言わさず背を起こされ、そして示された車椅子の上に体を移動する。
 どうやらここは、病院らしい。看護師が押す車椅子は、患者の間を縫うようにしながら、ずんずんと進む。
「こっちはトイレですよー」
「これは、ナースステーションねー」
 押しながら看護師は一方的に説明をするが、僕は相変わらず事情を掴むことが出来ないで戸惑っている。何かの理由で病院に来てしまったというのはわかったけれども、この血みどろの我が右手はなんなのだろう? その上体に力が入らず、まるで球体の上に乗せた板に座っているかのようにユラユラと、定かでない。どう考えたっておだやかではない。
 黙っていれば看護師から何か説明があるだろうと大人しくしていると、僕は別な病室の別なベッドの上にごろりと寝転がされた。そして看護師は「じゃあゆっくり休んでくださいねー」と感情のない声で言うと、流れ作業のような一連の動作で、シャーとカーテンを閉めていってしまうのである。
 これは不味い。非常に不味い。もし率直な言葉を文字に顕すことが許されるのならば、うわあ、やべえ。
 僕は壁からちょろんと伸びたコードの先にくっついているボタンを見つけ、押した。僕の予測が正しければ、これはナースコールであろう。仮に全く別の何かであって、こっぴどく怒られたとしても、それはそれで仕方のないことだ。この異常事態を説明しない方が悪いのである。
「どうしました?」
 案の定、すぐにやって来た看護師に、僕は、
「何時ですか?」
 と聞き返す。看護師は七時だと言う。朝か? 夜か? 夜だという。一体何日の夜だろう? 看護師は数字を口にしたけれども、無職になって脳のうちからカレンダーが失われていた僕には、それを元に何かを推測することが出来なかった。前に意識を持っていたのは、何日前だ?
 それにしてもこの血はなんだろう。僕の血か? それとも誰かの返り血か? だとしたら、犯罪かもしれないし、迂闊なことは言えないな。と、逡巡していると、看護師は忙しいらしく、シャーとカーテンを閉めてしまう。そして天井が狭くなる。そして僕は再び一人取り残される。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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