美女入門

マスコミで働く女の野心

ananの名物エッセイ「美女入門」。「美女入門」part15となる最新刊『美女は飽きない』発売を記念して、「美女入門」part1から、1997年の1編「野心というもの」をセレクト。林真理子さんの名人生論『野心のすすめ』の原点がここに。マスコミ志望者、とくに女性に向けた的を得たアドバイスは必読。業界の新人からベテランはもちろん、さらに上をめざす野心家には心して読んでほしい名編です。

 私は以前からよく話している通り、野心を持った女の子が大好きだ。ただしこれには、ありきたりの小細工をつかわないこと、という条件がつく。

 例えば、

 仕事のためなら、オジさんに手ぐらい握らせてやる。ま、相手次第ならキスも可か……。しかもセクハラなどと騒ぎ立てない。が、最後までさせてしまっては身もフタもない。この加減が分かる女というのはなかなかのものだ。

 世の中には、努力をあまりしたくないけど、ナンカ楽しいことをしたいという女はとても多い。書くことは嫌いだけれど、作家になりたい。入社試験は受けたくないが、社員の編集者になりたい。などと考える女は昔からよくいるが、こういう女はうちでおとなしくしていた方がよい。

 露骨な横入りはしない、別の人が貰うべきチャンスを、オジさん筋に取り入ってちゃっかり自分のものにする女はルール違反である。

 などといろいろ書いたが、ちゃんとした野心の条件とは、同性からやがて認めてもらえるというものだ。具体的な名はここで伏せるが、女が何年経っても絶対に許さない、成功した女というのがある。これはやはり後ろにオジさんや横取りの過去がちらつく女たちだ。ふつうにしていても野心を持って階段を上っていくと、いろんなやっかみや悪口が飛んでくる。さらにそこを何段か上らなければ、同性の尊敬はかち得ないのだ。

 が、まあ、二十代の女の子たちは、みんな同じようなスタートラインにいて、いろいろ大変である。OLもつらいが、特にしんどいのはフリーランスでマスコミで働く女たち。ここではほんのちょっとした運やコネが、彼女たちの運命を左右するのである。

 私のところには、しょっちゅうこういう女性たちがやってくる。インタビュー記事を取りに来るためだ。社員の編集者も多いが、たいていはフリーライターの女性たちである。私はコピーライターをしていたが、時には人のところに取材に出かけた。若い彼女たちの中に、昔の私を見ることがある。

 こうしたフリーライターの女性たちのうち、四割くらいは、ハヤシマリコなんか何さ、とつっぱっている。肩をそびやかしてこちらに敵意をあからさまにしているから面白い。

 自惚れと言われることを覚悟で言えば、後の六割ぐらいは、まあそれなりに私に対して憧れめいた気持ちを持っているのではないだろうか。売れないコピーライターから直木賞作家になる、というのは文章を生業とする女の子にとって、確かにわかりやすいサクセスストーリーであろう。

 彼女もそんな女の子のひとりだったようであった。

「今日、ハヤシさんにおめにかかれると思うと、嬉しくって嬉しくって胸がドキドキしちゃったんです」

 彼女は私に聞いた。今の時代、女はどうやって生きていったらいいのか。女にとってサクセスとは何なんでしょうか。

 私はそりゃあ、親切に答えてあげた。私は何だかんだといっても、基本的に女性にはやさしい。特に頑張っている女性には、何かしてあげたいと思うところがある。私はうんと心をうち明け、女の野心ということについて細かく説明してあげた。

「あのね、女は平地にいるうちは何も見えてこない。そういう人生しか知らない。だけど階段を上り始めると、もっと上があることがわかってくる。すごくつらい。もう降りようと思って平地を見る。だけどもうあのフラットな場所には戻りたくなくなってくる。だから歯を食いしばって上に上らなきゃなくなるの。すごくつらいし、苦しいわよ。だけどこれが野心っていうものなのよ。

 彼女は「なるほど」と何度も頷いていたものである。

 ところが出来上がってきた原稿を見て、私は本当に腹が立った。赤ペンを入れて直す、というレベルのものではないのだ。文章もヘタなら、私の言っていることをほとんど理解もしていない。それよりももっと重要なことは、私の小説の主人公の名前さえ間違っていたのである。

 このレベルの文章で、彼女がフリーライターをやっていることさえ不思議だ。私は忙しいのに、レイアウトの文字数を計算し、全部インタビュー記事を書き直した。

 そして間に立った人にファクシミリを送った。

「これはプロの仕事ではありませんと、書いた人に伝えて下さい」

 私は悔しかった。私と彼女とが、心がつながったと思った一時間という時間は何だったのであろうか。私がかなり心を込めて語った言葉は何だったのであろうか。あの嬉しそうな目の輝きはいったい何だったんだ。

 野心というのはむずかしい。その大前提として、ふつう以上の才能というものがある。それもなく、これっぽっちの努力もしないで、マスコミの海の中を泳ごうとしている女の子を見るのが、私はつらかった。最近このテアイが多すぎる。親切にしようにも、しようがないぞ。

センスを磨き、腕を磨き、体も磨き、自ら「美貌」を手にした著者のスペシャルエッセイ!

美女は飽きない

林真理子
マガジンハウス
2017-06-22

この連載について

美女入門

林真理子

ついに1000回を迎えた、アンアン連載「美女入門」。1997年の第1回には、こんな一文があります。「キレイじゃなければ生きていたってつまらない。思えば私の人生は、キレイになりたい、男の人にモテたいという、この2つのことに集約されている...もっと読む

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コメント

MarimoPanda7 分かる。男性にも多いっすね… https://t.co/5ZiS8Q3BNR 7ヶ月前 replyretweetfavorite

sahohohoho でも女性が働いて勝ち抜いていくには、そんな小物を踏み台にしてモンスターみたいな厄介野郎を手なずけることが大事なんだと思うよ、て大好きな林真理子先生も言ってたよ。それは女を使うという意味ではなくて、手なずける方法がきっとあるはずだよ。 https://t.co/As8f10r4n7 8ヶ月前 replyretweetfavorite

luckychura 何度読んでも素晴らしい✨ https://t.co/LkbK4KZbyH 10ヶ月前 replyretweetfavorite

RieDorji 林さんの考え方が分かり始めるということは私がある程度の年齢に達したからか。。。RT 約1年前 replyretweetfavorite