電気サーカス 第76回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、サイトを通じて知り合った友人や、高校を入学直後に退学した真赤と共同生活中。OA機器の修理会社で働いていたが、体調を崩して半年足らずで退職。真赤と毎日遊び暮らしていたが……。

 朝に目が覚めてからずっとPCの前に張り付いて、ウルティマオンラインというゲームをプレイしている。
 剣と魔法で戦うファンタジーの世界で、他の人間が操作するキャラクターと共に魔物を倒したり、冒険したり出来るだなんて、科学技術というものは発展したものだ。さらにこのゲームはただ戦うだけでなく、家具や武器を作って、売りに出したりも出来る。まさに子供の頃に夢見た仮想世界そのものなのだが、実現してみると想像よりもグロテスクだ。徒党を組んで他の人間を襲ったり、襲われたり、縄張り争いをしたり、陰口をたたき合ったり、ゲーム内で稼いだ金を他のプレイヤーに現実世界の金で売ったり。さらに、サーバーに人口が増えてくると、どこに行っても人や住宅が溢れ、その隙間に怪物が歩くというシュールな景観になる。まったく夢のない世界であるが、最近新しいサーバーが出来たということで、よく遊んでいる。
 今日は知り合いのマツオさんと一緒に、鉱山に行って、延々と鉱石を掘り続けていた。マツオさんは山口に住み、余り更新しないテキストサイトを運営している人で、『RM』の時、会場の端っこで大人しくしているもの同士、なんとなく仲良くなった。
 僕もマツオさんも現実では働いていない怠け者であるのに、ゲームのなかでは延々とツルハシを振り、鉱石を売るという健全な肉体労働をしているのがおかしい。時々不心得者が鎧や剣で身を固め、馬に乗り、僕ら二人を一方的に殺して、死体をばらばらに解体し、その辺りにばらまき、わざわざ屈辱的な状態にしてから去って行くのだが、それにもめげず、すぐ生き返って掘り続けるのだから僕らは健気だ。えらいものだ。
 真赤もキャラクターを持っていて、普段は一緒に遊ぶのだが、今日は出かけていて家にいない。仕事ではない。またオフ会に出かけているようだ。仕事は、もう飽きてしまったようで、週に一回か二回しか行かなくなっている。どうもこのままやめてしまうつもりのようだ。ほら見ろ、あんなにやりたいと言ってやり始めたのに、長く続かなかったじゃないか。そういう根気のないところが、あいつはよくない。僕とおんなじだ。
 そういう訳で、僕は一人だった。気が楽であった。プライバシーというものはさほど大事でもなかったし、そんなものが日常になかったからといって気にもならないのだけども、余りにも長い時間他人とべったりと過ごしていると、それだけで息苦しいものだから、今日のような日はありがたい。
 午後の三時になる頃、マツオさんは遅い昼食を取りに行くということでログアウトしたので、僕もゲームを一旦やめた。そして他人のサイトやら、2ちゃんねるやらを眺め、自分のサイトを更新し、するとやることがなくなったので、ごろりと横になる。
 朝から何も食べていないけれど、ちっとも食欲というものがなかった。口にすれば食べられないこともないが、面倒くさい。人間はどうして何かを食わないと生きて行かれないのか。頼んだ訳でもないというのに。
 傍らのローテーブルの上に置いてあったウイスキーに手を伸ばすと、広げたままの婚姻届が目に入る。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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