電気サーカス 第75回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、サイトを通じて知り合った友人や、高校を入学直後に退学した真赤と共同生活中。OA機器の修理会社で働いていたが、体調を崩して半年足らずで退職。真赤と毎日遊び暮らしている。

 家に帰ると、CDをプレイヤーにかける。最近いつもブルーハーツの曲ばかり流しているので、真赤が飽きた飽きたと訴える。じゃあ何が聴きたいのかと尋ねると、かぐや姫だの、チューリップだのと、渋いリクエストをする。
 僕は別にこだわっていた訳ではないので、言われた通りに従った。何をしたところで余りにも無味乾燥で、感情がなくなったようで、だから、昔好きだった曲を流して、何か思い出せないかと無駄な努力をしていただけのことだ。ブルーハーツのアルバム、ダウンタウンの深夜番組、本屋の片隅で黄色く変色した新潮文庫。僕の思春期は大体この三つで埋め尽くされていて、あの頃は触れる度、こんなに面白いものがあるのかと思ったものだ。
 僕は文鳥の篭をのぞき込んだ。鳥の成長は早く、すでに雛から若鳥へと姿を変えている。手乗り文鳥にしようと、手のなかで餌を与えて育てたその鳥は、ひどく情緒不安定だ。機嫌が良いと、チュンチュンと可愛げに鳴きながら、手のひらやら肩やらに飛び乗り、うるさいくらいにつきまとうのだけれど、何の加減か攻撃的になって、手のつけられない時がある。これは日光の入らぬ部屋で昼夜のない不規則な生活に付き合わせているからか、それとも、単に飼い主に似たのだろうか。考えてみれば、ホームセンターで見かけた時点で、嫌がる他の雛の上に何度ものしかかって傍若無人に振る舞っていた。それを元気な証拠と判断して買ったのだが、ただ乱暴なだけだったとは。
 今日は機嫌が良くなかったらしく、遊んでやろうと差し出した指を、グルルルルと高いうなり声をあげながら噛みついた。睡眠時間を削り、大事に育ててやったのに、厭なやつだ。情けなく噛まれている僕を見て、真赤は呵々と笑う。
 部屋には『神田川』が流れている。真赤が最近やたらとこういう曲を好むのは、フォークソングに登場する貧乏な男女に、自分の生活を重ね合わせているのだろうか。漫画なども、そういった傾向のものを楽しんでいる。
 つい先日も、彼女が感動して涙を流しているから、どんな漫画を読んでいるのかと思えば、無職で働かずに遊んでばかりいる阿呆な亭主と、それを支えて賢明に働く妻の姿を描いた作品であった。これに自分の境遇を重ね合わせているのだとすれば、僕は甚だ面白くない。
 しかも彼女はただシンパシーを感じただけでなく、影響まで受けつつあるようで、
「私、これから勉強する。大検を受けて、医者になる。そしたらミズヤグチさんを養ってあげるから、好きな文章を書きなよ」
 と前触れもなく言い出したりもする。
 素晴らしい。そうしてくれれば、僕は労働しないで生きてゆけるじゃないか。良いことを思いついたものだね。感心な子だね。ああ、おかげで気楽な人生が送れるなあ。嬉しいなあ。
 と、素直に喜べたらいいのだが、とてもそんな気持にはなれぬ。なれるはずがない。怒るので言えないが、本当は僕は、彼女には僕のいない幸福な未来を手に入れて欲しいのだ。そうした視点でみると、事態がますます悪化していると断じざるをえない。泥沼にはまっている。憂鬱であった。
「へえ、医者になったら、凄いね」
 どうせ一時の気の迷いだから、言っているだけだから、すぐに忘れるだろうと、内心冷や汗をかきつつそう誤魔化すのである。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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