第7回】樋口知之(統計数理研究所所長)インタビュー

日本には「統計学科」を持つ大学はない。唯一の統計学の専門研究機関が大学共同利用機関・統計数理研究所だ。日本の統計学の第一人者が、教育と経営における統計の課題を斬る。

ひぐち・ともゆき/統計数理研究所所長 1961年生まれ。84年東京大学理学部地球物理学科卒業。89年同大学院理学系研究科博士課程修了後、統計数理研究所に入所。2011年4月より現職。専門分野はベイジアンモデリング、時系列解析。

──統計学に注目が集まっています。

 私たちの日々の生活の中で起こるさまざまな現象について、数学的な方程式で記述できる世界はごくごく一部です。残りの大多数は、そうした“支配方程式”のない世界です。

 それでも私たちは、明日どういうことが起き、どういう行動を取るべきか、データに基づいて何らかのモデルをつくり、それを最適化して行動しています。そのための基盤的な学問が統計学です。

──ところが、日本で統計学を専門とする研究・教育機関は、統計数理研究所しかありません。

 その通り、日本に「統計学科」を持つ大学はありません。統計学を学べる大学が数多くある米国や、中国、韓国、シンガポール、台湾といった国々に比べ、日本では統計学の教育は遅れています。

 日本の統計学は、医療統計、経済統計、生物統計といった分野点在型です。だから、大学に統計学専門の先生っていないんです。何しろ、20年間にうちの研究所から出た統計学のドクターはたった100人です。私だって独学ですからね。

 特に日本では、子供のころから統計に関する教育はされていません。例えば、アイスクリームの売り上げは夏に増えて冬に減るのは当たり前ですが、その中でも景気の影響が関わったり、細かいサイクルがあるわけです。そういうことを読み取る訓練を小さいころからしていれば、大人になってビジネスをする上でまったく違ってきます。

 現在の学習指導要領では、小中高で統計リテラシーの教育をしっかり行うということが始まっています。ところが、先生が「どうやっていいかわからない」と右往左往しています。大学の教育学科に行っても統計学の専門家なんていないんですから。これは末期的な状況です。

──その影響は、企業社会にどう表れていますか。

 「数字で語る」という姿勢は大事ですが、そのときに語る数字が一つだけという人が多いですね。支配原理のない世界でデータに基づいて予測するときには、必ず“幅”が存在します。それを踏まえて目の前の数字を読まなければなりません。数字で語るというのは「不確実性を数字で語る」ことです。

 例えば「この会社に投資した場合、焦げ付く可能性はどのくらいか」と聞いたら、担当者が「27%です」と答えたとします。でも、たまたまピークが27%であるだけで、最悪の場合50%まで幅があるとしたら、投資は控えるという判断を下すでしょう。一つの数字だけを信じるのは、占い師に頼るのと同じです。

──にもかかわらず、企業社会を取り巻くデータ環境は激変しています。

 ICT(情報通信技術)の発達に応じて、データを重視する経営が非常に重要になっています。

 今や、スマートフォンに限らず、モノはすべて「情報端末」だと考えるべきです。コップ1個だって情報端末。微小な無線チップで人やモノを識別・管理するRFID(電波による個体識別)というのはその究極の姿です。自分たちで作っているモノを情報端末と考え、そこから上がってきたデータから新しく付加価値を生むモノやサービスをつくるという発想が必要になってきます。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

週刊ダイヤモンド

この連載について

初回を読む
最強の武器「統計学」【3】~統計の基礎知識

週刊ダイヤモンド

データに基づき、論理的に正しい意思決定を下す。統計学は今や、ビジネスマンにとって必要不可欠なツールだ。この最強の武器を使いこなすための基礎知識を、文系にもわかりやすく解説。樋口知之・統計数理研究所所長、本川裕・アルファ社会科学首席研究...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

daikirin_info 日本に「統計学科」を持つ大学はありません。統計学を学べる大学が数多くある米国や、中国、韓国、シンガポール、台湾といった国々に比べ、日本では統計学の教育は遅れています。 樋口知之(統計数理研究所所長)インタビュー https://t.co/RxskL123G2 #hw813 5年弱前 replyretweetfavorite