第19回 アップルと東レが「組む理由」を語れる人間がいない。

日本に滞在中のアップルコンピュータ幹部は、支社を開くことが日本人の信頼を獲得するものと頑なに信じている様子でした。いたるところでアップルに日本進出の意思があることを強調していきます。この時点でも、まだ解消されていなかった東レとアップルの取り合わせに対する抜本的な疑問、拭いきれない井之上の迷い、それらを若く熱心な日経の記者に察知され、記事として露出してしまいます。アップルとの初仕事を終えたばかりの井之上の大失態です。アップルの広報の代理人として、「なぜ東レなのか?」その疑問に明確に回答できる者は、井之上の知る関係者の中には誰一人いませんでした。

登場人物たち

スティーブ・ジョブズ 言わずと知れた、アップルコンピューターの創業者。1976年に創業し、1980年に株式上場して2億ドルの資産を手にした。その後、自分がスカウトしたジョン・スカリーにアップルコンピューターを追放されるが、1996年にアップルに復帰。iMac, iPod, iPhone などの革新的プロダクトを発表しアップルを時価総額世界一の企業にする。

水島敏雄  東京で「ESDラボラトリー」という小さな会社を営む。マイコンの技術を応用し、分析、測定のための理化学機器の開発を行うために作った会社で、ESDという名称は、 Electronics Systems Development の頭文字をとっている。東レの研究員として働いていた時代から大型コンピュータや技術計算用のミニコンに通じており、マイクロコンピュータの動向には早くから注目していた。ESDは日本初のアップルコンピューターの代理店となる。

『スティーブズ』

曽田敦彦 構造不況の中、業績が芳しくない東レが、「脱繊維」を掲げ新分野として取り組んできたのが磁気素材の分野だった。ソニーのベータマックス用としてはさらに薄地で耐久性のあるテープ素材の開発が必要で、45歳になる曽田はこのプロジェクトの中心として部下に20名以上の研究員を従えている。地味で根気のいる仕事ではあったが、東レがハイテク新素材メーカーへステップアップする上でこのプロジェクトは重要な意味を持っていた。

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スティーブズ(1) (ビッグコミックス)

--- - うめ(小沢高広・妹尾朝子) - 松永肇一
小学館
2014-11-28

この連載について

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林檎の樹の下で -アップルコンピュータジャパン物語- ✕スティーブズ外伝

うめ(小沢高広・妹尾朝子) /斎藤 由多加

ふたりのスティーブ、ジョブズとウォズニアックが設立したアップルコンピューターは、1977年4月、サンフランシスコで開催されたウェストコーストコンピュータフェアに出展した。ジョブズがこだわりにこだわったベージュ色の本体の数が足りないので...もっと読む

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コメント

ima_co ここ数回、PR会社の困難が描かれるのが珍しいし面白い。[link] 2ヶ月前 replyretweetfavorite

prisonerofroad #スティーブズ 2ヶ月前 replyretweetfavorite