電気サーカス 第74回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、サイトを通じて知り合った友人や、高校を入学直後に退学した真赤と共同生活中。OA機器の修理会社で働いていたが、体調を崩して半年足らずで退職。怠惰な毎日に戻ってしまった。

 真赤は年若な少女であるから、生活のことなど心配する習慣がなく、怠惰な日を気楽に楽しんでいられるのだろう。しかし、年長の僕はそうはいかない。責任というものがある。
 同じ無職といえど以前はまだ余裕があった。金などなくなっても、働けばどうにでもなるという自信があった。が、あれは無知故の奢りであった。
 現実は、これといった不満のない良い仕事についたにもかかわらず、一年も勤め上げることが出来なかった。情けなく体を壊してしまった。労働意欲は低かったとはいえ、その気になれば、うまくこなせると思っていたのに。まったく見込みが甘かった。
 家賃と光熱費は、元々安いものをみなで割ったら一人三万円。「月に七万円稼げば生きていけるなあ」と逆野が言っていたが、まさにその通り。僕は真赤の生活費も支払っているけれど、それを足しても月に十万もかからない。数ヶ月とは言え、プリンターを直して貯めた金がまだ何十万か口座にあったから当分は暮らしていけるが、僕はその間にもう一度働けるのだろうか?
 前の職場での体験を思い出すと、鳥肌が立つ。自分の体調が不調なのがわかっているのに、無理矢理起きてスーツを着、炎天下を半分意識を失いながら歩く。次の日もそれが続くのがわかっている。休んでも何も回復しない。
 このまま消耗しきって死ぬのかと思うと、すっかり恐ろしくなってしまった。厭になってしまった。やはり、僕は会社勤めというものが出来ない人間なのか。社会で生きていけぬのか。あ、それは前から知っていたわ。
 じゃあもういい、働いてなどやるものか。労働なんて、かったるくってやってられない。それで死ぬのなら本望である。武士は食わねど高楊枝。僕はここで死ぬる。アハハ、こいつはまた馬鹿なことを言っているなあ。と、一人なら、そう放言したいところだが。
 これが潮時というやつなのかもしれない。当初の目的を忘れてはいけないだろう。そもそも僕は保護のために彼女をこの家に連れて来たのだ。
 今の真赤は既に自傷などの問題行動をしない。親も、事前に聞いていたほど彼女に干渉せず、案外自由にさせてくれている。なにしろ、こんな所で暮らすことを黙認しているのだから、大抵のわがままは許されるだろう。自傷をしない、虐待もない、となれば、既に保護すべき理由が見当たらなくなっている。今や真赤は、ごく普通の、きままに遊び暮らす中卒無職の少女なのである。そろそろ次の段階について考えなければならない時期が来ている。
 このまま僕と一緒に破滅させてはいけない。
 全く僕は、もう敗北を認めるほかない状況だ。最近はもう、何の気力もないのだよね。手の届く場所に引っかかるものがないまま落下してゆく感じ。そのような人間が、このまま生活を共有していては、将来有望な彼女の時間をただいたずらに盗むことになってしまう。彼女の人生を台無しにしてしまう。仮に生活費を工面出来たとしても、もういけないだろうよ。やはり潮時なのだ。今は早急に離れるのが最良の選択であるに違いない。
 しかし、それはいやだなあ。実に受け入れがたいなあ。理屈では、このままではいけないとわかっているのに。まったく、僕はどんな愚かなことをしているときも、大体いつだって理屈ではわかっているというのに。こんな状態でも人並みに欲を持つのか僕は。
 宇見戸たちがテキストサイト論を語り合っている横で僕は、うつらうつら、そんなことを考えていた。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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