電気サーカス 第73回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、サイトを通じて知り合った友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活中。OA機器の修理会社で働いていたが、退職を決意。社長からの慰留も無視してしまった。

 こんなに夜が更けているのに、席の三分の一くらいが客で埋まっているのだから、東京というのはやはり都会なのだなあ。僕が子供の頃に住んでいた町では、夜九時にもなれば、ガラガラになってしまう。そこまで田舎ではないと思っていたけれども、やはり新宿歌舞伎町とでは比べものにはならない。
 壁際の席には、黒い服を着て、じゃらじゃらとシルバーを身につけ、髪の毛をとんがらせた男達が辛気くさい顔で何かを語り合っている。テーブルにギターケースなどを立てかけているから、バンドマンなのだろう。マクドナルドの白々しい照明の下で見るバンドマンは、ライブハウスのステージで観ないと不潔でみすぼらしく感じられる。
 向こうの席には、ロングTシャツの中年男がノートパソコンを開いて、何やら熱心にキーボードを叩いている。二つとなりの席には、スーツ姿にゴールドのアクセサリーを所々にあしらった男と、若い女が何か語り合っていた。
 さっき、タミさんが二人の会話を盗み聞きをして「AVの面接をしてるぜ」と言っていたけれど、そうなのかな。あの子が女優を務めるのなら、僕も視聴をしてみたい。どこの作品に出るのだろうなあ。あのスーツの人も男優として出演するのだろうかなあ。
 そしてこちらの席では、先ほどから宇見戸を中心に、テキストサイト界で爆発的な流行となった『フォント弄り系』について、悪口を言いあっている。
「ああいうやり方もあるとは思うんですけど、あれがテキストサイトだって言われると、ちょっと違う気がするのは確かですね」
 クサノは眠そうな目つきでボソボソとつぶやいていた。
「いままでのテキストサイトの主流は、なんというかな、文学やアートなどというわけでもなく、かといって週末の夕方にテレビでやってるようなあからさまなものでもない。たとえるなら、教室の端で一人で好きなことをやってる人たちの集まりだったじゃないですか。でもフォント弄り系は、教室の真ん中で人気者になるような、大学のサークルでみんなの人気者になるようなタイプのコンテンツですよね。見てる人も、これまでの読者じゃなくて、そういうのが好きな、『普通』の人が外からたくさんやって来た」
「そうですよ! まったく、その通りだ。僕は断然賛成ですよ!」
 一方宇見戸は、こんな時間だというのに、まるで爽やかな朝日の中にいるかのように活力があふれている。この人が疲れた顔をしているところを、見たことがない。
「なんというか、薄いんですよ。僕にはちっとも面白さがわからない。実に、薄っぺらいものですよ! あんな、まともに文章を書かずに、改行をたくさんして、文字をやたらと大きくしたり、色をつけたり。あんなの、バラエティ番組のテロップと同じ、馬鹿向けの演出じゃないですか」
「いや、僕は手法そのものにケチつける気はないんですが。あれ自体は面白いと思いますし」
 クサノはいつもの半笑いを口元に浮かべて宇見戸をいなすと、
「ただ、あまりにも人気が出すぎてしまって、ああいうものが『テキストサイト』の代表であり、全てであるような言われかたがされるようになると、これまでひっそりやってた遊び場が荒らされたような気分はありますね」
 その隣で、Tシャツを着た人物が、うんうんと頷いている。彼もテキストサイトの管理人で、今日の『RM』でDJをやっていた筈だが、名前を思い出せない。名のある人なのだろうが。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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