敵はバンブー
「まるでリビアの傭兵だな……」
N村さんが見つめる先には、塹壕を掘る夫の姿。
頭にターバンを巻き、冬だというのに汗をだらだら流して、土を掘り返している。雑木林に隣接したミスターBの区画で、畑と林の間に溝を作っているのだ。
ミスターBはといえば、掘りたての溝の中で、
「まったくもう! なんだこりゃ! ふざけんな、くそバンブー!」
悪い英語を連発しながら、地中にはびこる竹や笹の根っこをつかんでは、引きずり出そうとしていた。
「林からバンブーの根が押し寄せて、ぼくの畑に悪さするんだ。春が来る前に、それを食い止めるぞ」
ミスターBが始めた、「バンブー 一掃作戦」。本人は早々に腰を痛めて戦線を離脱し、夫に助けを求めたというわけだ。
なにしろ夫は、土は体で耕すのが信条の、アンチ耕運機派である。ミスターBはそこに目をつけた。
「そんなに掘るのが好きなら、いい仕事があるぞ」と。
「カダフィ大佐は雇った兵士に日給16万円もくれるって話だけど、あなたはいくらもらえるの?」私は夫に聞いた。
「これは……はぁはぁ……ボランティアですよ……はぁはぁ」
息も絶え絶えである。
「彼は土掘りが好きだからな。どうだ? ハッピーだろ?」
振り返る大佐に、夫は肩で息をしながら微笑み返した。
「まさかと思うけど、ハッピーなの?」
「まあね」
ハッピーな傭兵と、よき兵士を得てベリーハッピーな大佐。奥に迫る竹やら笹やらが、彼らの敵らしいのです。
あきらめない菜園家
竹の進撃こそないが、我々の区画にも悩みはある。
私たちの農園は、まわりがぐるりと雑木林で、我が区画は林の縁に近い。
畑作業の合間に雑木林に入って、詩を読んだり思索にふけったりできるのだが、林の近さが災いすることもあった。
畑の上まで木の枝がせり出し、陽がかげるのが早いのだ。
雑木林で、人生の意味を考えている冬の私。
私の畑はまだいいほうで、もっと林寄りのN村さんや、その奥のオチアイさんの畑は、日照時間がますます短い。おまけに秋には、ドングリが雨あられと降った。
「自然相手じゃ、しかたないよね」
木々の香りや鳥の声を聴きながら畑作業ができるなら、ドングリを掃いて捨てるくらい、なんでもないことだ。
しかし、ベテラン菜園家は、この状況を良しとはしなかった。
ある日のこと。
どこで手配したのか、N村・オチアイ両氏が、畑に伐採業者を呼んだのである。
「えっ——! 伐っちゃうの?!」
畑に着いたとき、カシの木にロープがかけられ、作業員が頭上の幹にとりついているのを見て、私は悲鳴をあげた。
「だめだめ! こんな立派な木を伐るなんて!」
縄文、弥生、いや、江戸時代には間違いなくここにあったぞ。それほど立派な枝ぶりなのだ。
N村さんは自然保護を叫ぶ私を、笑ってなだめた。
「伐らないよ。枝を2~3落とすだけ。畑の大家さんに相談したら、了解してくれたんだ」
この重機を見たときは、ほんとうにたまげてしまいました。
その丸太ください
何しろ巨木である。ひと枝といっても太い。地面に降ろされた丸太は、すばらしい材木だった。
「これ、どうするんですか?」
作業員のおじさんに尋ねると、処分するという。
「捨てるなら、私にください」
「いいけど、何に使うの?」
「ピノキオ作るんです」と言いそうになったが、ここはマジメにこたえておこう。
「畑に置いて、ベンチにしようかなと思って」
「カシやサクラはすぐに腐るし、アリの巣になるからやめたほうがいいよ」
楽しい思いつきに水をさす人は、無視するにかぎる。私は、腰が抜けるほど重い丸太を、ずるずると自分の畑へ引きずっていった。
ミスターBの息子Gくん(当時小学生)も、太い丸太と細めの丸太で、テーブルとイス4つをこしらえている。すぐにでも麻雀ができそうだ。
「やることが小学生と同じだね」
あきれる夫をしり目に、私は畑の中央に丸太を据えた。腰をかけると、すばらしいすわり心地だ。
枝を落とされたカシの木は気の毒だが、こうして第二の人生が始まったのだ。イスとしての喜びをみつけてほしい。
その日から、我々の畑には長く陽がさすようになった。N村さんとオチアイさんは大喜びである。
いっぽう、私の気持ちは、日が経つにつれて沈んでいった。
なぜって、カシのベンチがアリの巣になっちゃったからだ。
ベンチだけじゃない。丸太をどかしたその下も、アリアリアリアリ、アリだらけ。
「これじゃあ、土じゃなくてアリだよ!」
夫に怒られ、私は泣きながらそのベンチを雑木林に葬った。
そうして、アリが60%も混ざった土、いや、土が40%ほど混ざったアリを、すくっては捨て、すくっては捨てたのである。
小学生が作った雀荘です。ここもまもなくアリの巣窟となりました。プロの助言は聞くべきですね。
この木は伐る!
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