お金の使い方には、その人の「器」が表れる
以前、講演会のときに私に相談を持ちかけてきた、医療器具メーカーに勤めるHさんの話をしよう。
彼は、将来独立して、自分の会社をつくりたいという夢を持っていた。
真面目な性格のHさんは、資本金を貯めるためにせっせと貯金をし、いらないモノにお金を使うことは極力避けていたらしい。
ある日、Hさんが社内の給湯室の前を通りかかると、女子社員たちが噂話をしているのが耳に入ってきた。
いつものことなので気にせず通り過ぎようとしたのだが、どうやらその話が自分のことだと気づいて思わず足を止める。
「ねえねえ、営業のHさんてどう思う?」
「え? ああ、Hさんね。そうだなあ……お金にちょっと神経質なところがあるよね」
「やだ。それってケチってこと?」
「だってさぁ、この前、営業部の人たちと何人かで飲みに行ったとき、Hさん1円単位まで割り勘にしてたんだよー」
「えっ、ほんと? 信じらんなーい(笑)」
Hさんは、手に持っていた営業資料の束を、危うく廊下にぶちまけそうになった。
「そんなことを言われたって、ない袖は振れないし、将来のために貯金だってしなくちゃいけないし……いったいどうしたらいいんでしょう……」
Hさんは泣きそうな顔で、僕にそんな相談を持ちかけてきたのだ。
お金はあまり使いたくないけど、会社では気前のいいところも見せたい——。こんな矛盾した気持ちを抱えながら働いている人って、実は結構いるんじゃないだろうか。
実は私自身は、20代の頃、塾講師の仕事をしていた。
月給は50万円と羽振りが良かったので、毎晩、後輩の講師を連れてキャバクラに飲みに行っては、大盤振る舞いでおごりまくっていた。
Hさんのような高い目標もなく、「その日が楽しければそれでいい」という刹那的な生き方をしていたのだ。
たぶん、気前の良さで私の右に出る者はいなかったはずだ。
「それだけ面倒見の良い先輩なら、部下に慕われたんじゃないですか? そういうのって、うらやましいな」
私が自分のエピソードを話すと、Hさんは、ため息をつきながらこう漏らした。
たしかに、毎晩景気良くおごっていれば、人はついてきてくれる。
仕事のときだって、なにかと指示を出しやすいし、摩擦だって起こりにくい。
こっちはお金を出しているスポンサーなんだから、どこか上から目線で威張っていられる。
こんなに気持ちのいいことはない。だが、同僚や後輩が、私のことをどう思っていたかは、本当のところよくわからない。
「田口さん、今日もパアーッと行くんでしょ? お供しますよ。もちろん田口さんのおごりで!」
調子のいい言葉をかけてくる後輩の言葉には、どこか「おごってもらって当然」という気持ちが見え隠れしていたし、そこには、私に対する敬意というものは微塵も感じられなかった。
そんな引っかかりを感じながらも、若くて勢いのあった私は、飲みに誘われればいつでもノリノリでこう答えていた。
「まっかせなさーい!」
しかし、いくら月給が50万円あろうと、毎晩毎晩何万円もおごりまくっていたら、お金なんてすぐになくなってしまう。それでも私は、カードで借金を繰り返し、気づけば20代後半にして約500万円もの借金を抱えてしまっていたのだ。
「じゃあ、その後はしばらくは、田口さんも節約生活をしていたんですよね? 私のように肩身の狭い思いをしたんじゃないですか? ね、そうでしょ?」
すがるような眼で、そう聞いてくるHさんに、私は次のようなアドバイスをした。
たしかに、お金を貯めるばかりでは、人間関係に支障が出ることがある。
仕事場での人間関係を円滑にするためには、ある程度の出費を覚悟しなければならない場面もあるだろう。
しかし、20代の頃の私のように気前のいい人間を装っていたら、お金は出て行くばかり。
貯金なんて永久に無理と言わざるをえないだろう。
これを解決するには、「お金を使う場面」を決めておくしかない。