日本3大素麺は、三輪そうめん、揖保乃糸、そして……?

病床の池崎のもとにやってきた訪問者は高畑だった。高畑の目的はなんなのかわからないまま、3人で行動を共にすることになった小豆島3日目は、とても不思議な旅路になりそうです。

食中毒で1日だけ入院していた池崎の元にあらわれた高畑は、見舞いだといって花束を持ってきた。

私と池崎の関係に気づいた高畑が、なんの目的もなく、ここに来るわけがない。ユウカは、高畑が池崎に何を言うかわからないので、とりあえず高畑を病室から連れ出すことにした。

「わたし、ちょっと水買ってくる」

病室を出て行こうとして、その途中でボーッと立っていた高畑の足を思いっきりユウカは踏んだ。すぐに視線で「そのまま騒がずに私についてきなさい」と高畑に伝える。高畑は足を痛そうにしていたが、「あ、僕もコーヒー飲みたいので一緒に行きます」と病室の外に連れ出すことに成功した。

自販機の置いてある休憩スペースで、ユウカは高畑に詰め寄った。

「高畑さん、どういうつもり? 突然小豆島にやってきて、そのうえ、病院にまでくるなんておかしいんじゃない? なんで病院にきたのよ?」

「え、何でって、決まってるじゃないか。彼のお見舞いだよ」

「ほんっとに信じられない。それだけが目的じゃないでしょう?」

「ほんとにそれだけなんだけど……」

「もう!」

ことの真偽はわからないが、病室を離れる時間が不自然に長過ぎると池崎が怪しむだろう。「彼に変なこと言わないでよ」とだけ言うとユウカは足早に病室に戻った。時間差で高畑も病室に戻って来る。

病室では池崎がスーツ姿に着替えようとしているところだった。

「さっきお医者がきてね、もう退院していいんだって。回復するのが早いって褒められたよ」

「そう、よかったわね……」

「ユウカさん、それで考えたんだけど、3人でご飯食べにいかない? 高畑さんにお礼もしたいし!」

池崎の最大の長所が、いまは、ありえないくらい短所に思える……。

「何言ってんの、食中毒だったんだから、まだ食べれないでしょう。そんな無理しなくていいわよ。高畑さんもご予定があるかもしれないし」

再び視線で(予定あるよね!)と高畑に目配せするユウカ。

「いや、僕は予定ないですよ。もともと一人旅だし」

(はい?)

「じゃ、決まりだ!」

満面の笑みで嬉しそうに言う池崎。

(もう、池崎! 誰とでもすぐに打ち解けようとするのは悪い癖よ!!)

退院の手続きをする池崎が自分でお会計をしている間、ユウカは池崎の隣を離れなかった。高畑は一歩下がったところにいる。しかし、ユウカは高畑の視線を痛いほどに感じていた。

(本当にどういうつもりかしら? 高畑さん)

病院を出ようとすると出口付近で、受付のあの無愛想な看護師とすれ違った。高畑にはにっこりと笑顔で手を振っていたのに、池崎とユウカの横はあっさり素通りした。

(なんだかなぁ……)

病院の駐車場で、日産ノートに乗り込む3人。池崎は自分が運転すると言ったが、病み上がりの池崎は助手席に座らせ、ハンドルはユウカが握ることにした。そして、後部座席には高畑さん。

どこかにレストランでもないか、と車を走らせると、小豆島にはそうめんのノボリがたくさん立っていることに気づいた。スマホで調べてみると、日本3大そうめん「島の光」の名産地とある。1番目が三輪そうめん、二番目が揖保乃糸……ほぇ、すごいところと肩を並べちゃったな。日本3大といえば、聞こえはいいけど、ずいぶんいい加減な話だな、と思う。日本3大ってたいていは3番目の場所が張り切るんだよね。名産はいいけど、3人でそうめんを食べるというのも、想像するだけでどこか間抜けな格好だ。他にないかと、池崎に調べてもらったが、良さそうなお店はどこも宿屋かホテルだった。

「あ、そうだ。ユウカさん。あの定食屋はどうですか?」

池崎が提案したのは、昨日、池崎がお腹を下した時にトイレを借りた定食屋のことだった。

「あ、あそこか。いいよ。行こうか」

池崎がナビを操作して、目的地を坂手港近くの駐車場に設定した。

「たぶん、あの駐車場から、近いはずですよ」

病院のある池田から、昨日、高畑と一緒に泊まったホテルのある坂手に向かうことになった。日産ノートはガソリンも満タン。快調に飛ばしていく。

今日の小豆島はいい天気だ。瀬戸内の温暖な気候を象徴するような日だが、ユウカの心だけは晴れなかった。むしろ、厚い雲に覆われた曇天模様。

車を20分ほど走らせると、目的の定食屋に着いた。

ガラリと引き戸を開けると、あのおばあちゃんが変わらぬ笑顔で迎えてくれた。もともと笑顔が染みついたような顔で、何にもしてなくても顔に刻まれた皺の加減でどんな角度からでも笑っているようにみえる不思議な顔をしている。

「あら、いらっしゃい。あんたらこの前の。旦那さんの顔色もようなって!」

「おばあちゃん、こないだはトイレだけ借りてごめんね。今日はちゃんとごはん食べに来たから」

ユウカはおばあちゃんに一言そういうと、入り口近くの4人がけのテーブルに座った。まだ時間が早かったせいか、他にお客はいない。

「おおそうかい、そうかい。気使わんでもええのに」

ユウカは、こっそり老婆に「おばあちゃん、彼は旦那さんじゃないよ」訂正した。昨日は、またここに来るとは思ってなかったから否定しなかったけど、また夫婦扱いをされると、今の状況だと変な空気が流れるに決まってる。「そうかい、そうかい」と老婆はさっきと同じように応対した。聞いてるんだが、聞いてないんだか……。

池崎は席に着くと、「ごめん、またトイレ借りるね、おばあちゃん」と、トイレへと立った。テーブルには高畑とユウカが残された。そこに、お冷とおしぼりを老婆が運んでくる。

「お姉ちゃん、じゃあ、こちらさんが旦那さんかいな?」

(ちょっと、おばあちゃん何言ってるの!)

「えっ? 僕ですか? 光栄です」

高畑は素直に笑顔で老婆に応える。彼女は、お冷とおしぼりを置くと、厨房へと戻っていった。ユウカは高畑に強い口調でいった。

「ちょっと、ふざけないで。もう、そもそもなんで3人一緒にごはんしないといけないのよ。さっき断ればよかったでしょう。あなたと私のことは彼に言わないでよね。もちろん、昨日の夜のことも!」

「わかった」

高畑は短く答えた。すると、ちょうどそのタイミングで池崎がトイレから帰ってきた。

「あれ? 2人で何の話してたの?」

「な、なんでもないわよ!」

咄嗟の動揺を取り繕うためにメニューを取り出して、ユウカはわざとらしく大きな声で言った。

「何頼もうか、早く決めよ」

場の空気を変えようと池崎にメニューを見せるユウカ。池崎はメニューに目を落としてざっと見たあとに、老婆に直接声をかけた。

「おばあちゃん、何か軽いものある?」

池崎は、自分の体がまだ万全じゃないのをわかっているので、老婆におすすめを聞くことにした。

「昨日から何も食べてないから、胃がびっくりしないやつ」

「そうやね、ほんなら素麺かな」

結局、池崎は素麺を食べることになった。ひとりで素麺を食べさせるのも悪かったので、ユウカも素麺を食べることにした。すると、高畑も「僕もそうめんでいい」といい、3人とも素麺を食べることになった。

素麺が茹で上がるのを待つ間、昨日、病院でどうやって過ごしていたかを面白おかしく話す池崎。ユウカと高畑はそれを聞くだけだ。ユウカの方は昨日の夜のことはとても自分からは話せない。聞かれないかぎりは言うつもりはない。やがて3人分の素麺が一つの大皿に盛られて運ばれてきた。

ユウカは素麺に手をつけてみた。一口食べてみると、なるほど名産というだけはある、美味しい。三輪そうめんや揖保乃糸と違い、少し太くてややコシがある独特の素麺だ。高畑も池崎も美味しい美味しいといいながら、素麺を食べている。ズルズル。3人で素麺を一緒に食べるってどこか奇妙に感じるけど、池崎だけがまだこの空気が重いのだと気付いていない。素麺の味を美味しいと褒めながら、池崎はまだ話し続けた。話は自然な流れで高畑のことへと移っていった。

「高畑さんって、どこで病院やってるんですか?」

「僕のやってるのは動物病院だよ。芦屋」

「えっ? もしかして、ユウカさん家と近くない?」

池崎の無邪気な視線がユウカに突き刺さる。

「芦屋っていっても、僕はほとんど外れの方だから」

「そうですか。高畑さん、今回は一人旅って言ってましたけど、目的は何なんですか?」

「ある人が僕に言ったんだよ。小豆島に僕が探しているものがあるって。その人は動物病院のお客さんで、旅行に行くからと僕に犬を預けにきたんだけどね」

(アキのことか!)

これで高畑が小豆島に来れた理由がようやくわかったユウカ。

「なんですかそれ。すごいですね。で、見つかったんですか?」

池崎はどこまでも無邪気に高畑に質問をする。

「あぁ」

「よかったですね!」

「でも、よかったとは言い切れない。もしかしたら、見つからない方が良かったかもしれないよ」

「複雑なんですね……。これからの予定はどうするんです?」

「どうしようかなぁ。たぶんこのまま帰った方がいいんだろうけど、あまり帰りたくないな」

(ちょっと待ってよ。家出少女みたいなこと言ってるんじゃないわよ)

寂しげな表情に池崎は思わず提案をした。おそらく、最大の長所であり、最大の短所でもある親切心を使って……。

「じゃあ、僕たちと一緒に観光しませんか? 旅は道連れって言うし」

「え? いいのかい!」

ユウカは、テーブルの下で思いっきり高畑の足を踏もうとしたが、高畑は器用に足を椅子の下へ緊急避難をさせて、ユウカの足は届かなかった。

「いいですよ。もちろん、だって命の恩人ですから」

池崎は素麺をつるっと食べ終え、スマホを取り出して小豆島の観光地を調べ始めた。高畑はというと……、ユウカの方をみている。悪意のない善人のような顔をして。こういうところがほんとに始末が悪い。

(高畑……ころす)

小豆島3日目は前途多難になりそうだ。

(イラスト:ハセガワシオリ)

この連載について

初回を読む
結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味らしいが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさんを見ていた...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

shizu8sisiy  あらぁ ユウカさん…… 6日前 replyretweetfavorite