「好き」のプロ
さて、それでは、どうしてファンはそのアイドルを「好き」になるのか、考えてみよう。
人は、なぜ、その人を「好き」になるのか?
まず、知っているからでしょう。
あたりまえだよね。知らない人を好きになることなんてできない。
じゃあ、アイドルや芸能人を、ぼくらはどうやって知るのかな?
そう、テレビや雑誌やインターネットや、そうしたメディアを通して知るんだよね。
たとえば、ある新人アイドルが、毎日、たくさんのテレビ番組に出たとする。
たちまち多くの人が、そのアイドルを知る。その中から「好き」になる人たちが出てくる。
それが「ファン」だ。
好きになったアイドルのCDや写真集やDVDを買う。ライブへ行く。
そういう仕組みだね。
けれど、どうだろう。
テレビに出るから有名になるし、有名な人がテレビに出る。
でも、最初から有名だった人はいない。
どんな有名人、人気アイドルや、大スターだって、最初は無名だったはずだ。
今のきみと同じようにね。
何か、きっかけがあったはず。
つまり、そのアイドルを一番最初に「好き」になった人がいるんだ。
ぼくはアイドルのオーディションや新人コンテストの審査員を、たくさんやったことがある。
「どういう基準で選んでるんですか?」
そんなふうに訊かれたことがあった。
男子大学生たちにね。
彼らは、〈街で見かけた美女〉みたいな雑誌グラビアを見て、「おれ、この娘がいい!」「いや、おれはこの娘だな」「じゃあ、ボクはこの女の子!」とそれぞれ自分の好きな女子の写真を指さしていた。 「中森先生がオーディションで女の子を選ぶのも、単に自分の好みで選んでるんじゃないですか?
そうだよ、自分の好みで選んでるんだ、とぼくは答えた。
ただ、きみたちと違うところがある。
ぼくは「好き」のプロなんだ。
ぼくの「好き」には責任があるんだよ。
だって、そうでしょう。
ぼくがオーディションで一人の女の子を選んだとする。その瞬間から、彼女の人生が大きく変わってしまうんだよ。
彼女を選んだ理由
全日本国民的美少女コンテストの審査員をつとめたことがある。
第7回のその年は、1万5千人以上もの応募があった。最終審査のステージには20人の女の子たちが並んだ。審査会の合議でグランプリや各賞の受賞者が決定したんだ。
でもね、ぼくは納得がいかなかった。
とても気になる候補がいたんですよ。
ひときわちっちゃな女の子だった。
歌がうまいわけじゃない。演技も上手じゃない。顔もスタイルもばつぐんってわけじゃない。
でも……なんだか胸騒ぎをおぼえたよ。
道ばたに捨てられた子犬みたいな女の子だった。
放っておけない。このまま見すてたら、絶対に後悔する。ぼくが、なんとかしてあげなければならない。
正直に言おう。
ぼくは、その子を「好き」になっていたんだ。
なんらかの賞を彼女に与えるべきだ、と強く訴えた。ほとんどの審査員からは賛同をえられなかったけどね。
たった一人、まったく同じ意見の人がいた。コンテストを主催する芸能プロダクションの社長さんだった。
「いや~、だけど表彰状もタスキの用意も、もうないんだよな……」
「社長! 表彰状なんかいいじゃないですか。あの子を選ばなかったら、絶対に後悔しますよ‼」
急遽、審査員特別賞がもう一枠、もうけられることになった。
司会者から名前が呼ばれて、驚いた表情の女の子が立ち上がる。階段を上がって、ステージの中央へと歩み寄る。
そう、あのすてられた子犬みたいな女の子。
はじけるような笑顔だ。
ああ、よかった。ぼくは、この笑顔が見たかったんだよ。
まばゆい光のステージの中心に、ちっちゃな女の子がぽつんと立っている。
11歳の上戸彩だった。
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