ドラがたり

世界のルールや価値観を書き換える道具たち

藤子・F・不二雄先生と『ドラえもん』を誰よりも愛する編集者/ライターの稲田豊史さんによる唯一無二の『ドラがたり』。未来のエネルギー「ドライ・ライト」、そしておなじみ「もしもボックス」で世界を改変する可能性とは?(毎週水曜日・土曜日更新)

無料配布からの有料販売

 てんコミ33巻「地底のドライ・ライト」(「てれびくん」1982年1月号掲載)は、2009年刊行のビジネス書ベストセラー『フリー 〜〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(クリス・アンダーソン NHK出版)を、うっすら彷彿とさせる。

 作中では22世紀のエネルギーとして、「ドライ・ライト」という固形物が登場する。これは「太陽光線のエネルギーをドライアイスみたいにかためたもの」(ドラえもん・談)。夏の間に日光のエネルギーを地中に貯めることで地下鉱脈が形成され、それを少しずつ掘り出して使うのだ(作中の季節は冬)。エネルギー源そのものなので、塊を天井から吊るせば電灯になり、やかんに放り込むとお湯が沸く。超万能・超高性能乾電池のようなものである。

 「ドライ・ライト」が面白いのは、機能ではなく売り方だ。

 のび太にそそのかされ、ドラやき目当てでドライ・ライトの商売をしようとするドラえもん。「100グラム100円」で訪問販売をはじめるが、なかなか売れない。「遠写かがみ」同様、前例のない新商品なので、消費者が慎重なのだ。

 そこでドラえもんは思いつく。最初だけ無料で配って使ってもらえばいいのだ。「この便利さがわかれば買わずにいられなくなるよ。」と、町中の住民に無料サンプルを配りまくるドラえもん。たちまち、無料サンプルをもらおうと近隣住民が野比家へと殺到する。いわゆる「乞食速報」状態だ。

 完全に商機をつかんだドラえもんは、ここで突如無料サービスを中止して有料販売に切り替える。しかも当初の設定価格からはどんどん上がり、最終的には「100グラム500円」という強気の値付け。しかし「ドライ・ライト」の便利さを味わってしまった消費者は、この値付けに従わざるをえない。

 現代でも、アプリやゲームで近いことが行われている。簡易バージョンや機能制限付きバージョンを無料で、もしくは一定期間無料でユーザーに提供するのだ。その便利さが病みつきになった上位数パーセントのユーザーは、使用継続のため、もしくはさらなる高機能やアイテム獲得のため、課金を了承する。そこで得た収益でビジネスが成立するというわけだ。

 エネルギー問題は他編にも言及がある。てんコミ21巻「ミニハウスでさわやかな夏」(「小学三年生」79年8月号掲載)では、プラモデルサイズのミニハウスが登場した。ドラえもんの説明によると、未来の世界では地球の資源が枯渇するのを防ぐため、「ガリバートンネル」で小さくなった人々が「乾電池一本でクーラーもテレビもつけられ」て、「スプーン一杯の灯油で家じゅうあたためられる」ミニハウスにときどき住み、エネルギー使用量を節約するそうだ。

 エネルギー問題は、1980年代半ば以降に少しずつ『ドラえもん』の作風を侵食してくる「エコ」とも関連するテーマだが、それについては第10章(※)でじっくり言及したい。

「IFの世界」を設計する

 ②(参考)の「一定の価値観を共有したコミュニティ」において、その価値観を破壊・改変するのは、非常にSF的な態度だ。『ドラえもん』がある種のSF作品と呼べる理由はここにある。それを果たすのが、「世界のルールや価値観を書き換える」系の道具群である。

 その筆頭はやはり「もしもボックス」だ。電話ボックス型ルックの非常にメジャーな道具なので、ご存知の方も多いだろう。受話器に向かって「もしも△△だったら……」と告げれば、世界がそのとおりに〝改変〟される。

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ドラがたり

稲田豊史

世代や国境を超えて読み継がれる『ドラえもん』を、いま私たちは、どのように読み返すことができるのでしょうか? 全世界の「のび太系男子」に贈る人生の教訓から、ひみつ道具に託されたSF(すこし・ふしぎ)なメッセージ分析まで。 藤子・F・不...もっと読む

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コメント

Yutaka_Kasuga 今回はドライ・ライト、遠写かがみ、もしもボックス、ココロチョコ、ビョードーばくだん等→ 約2年前 replyretweetfavorite