「お隣、出たんですよ」
えっ!タエコさんが?
鍵の件でショックを受けていたのに、もっとびっくりすることを加寿子さんはサラッと言う。
「ほら、いらしてくださいよ」
タエコが!つい二週間ほど前に不穏な発言をして私を警戒させたタエコが、いつの間にか引っ越していた!まったく気づかなかった。
加寿子さんはタエコの部屋を開けて私を案内する。すっからかんになり、きれいに掃き清められた隣室。
「ここ見るの初めてでしょう」
いえ、ここはもともと私が初めて住んだ部屋でしたからね。
「あっ……あはは、うふふ、そうだったのよね」
前・タエコ宅、元・私宅であるその部屋は、まだトイレのタンクが木製だった。開けると外に落っこちてしまう謎の戸もそのまま。うれしい。
もはや私にとって大きな脅威となっていたタエコが引っ越してしまったことはもちろんホッとするしうれしいけれども、もっとうれしいのは、私の隣の部屋が空室になったということそのものである。これはチャンスかもしれない。
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