"かつての名門"日比谷高校は、なぜ奇跡の復活を果たすことができたのか?

東大合格者数を急増させて話題となった、“かつての名門”日比谷高校。2003年には年間たったの3名にまで凋落していましたが、2016年には53名、2017年には45名を輩出しました。この「奇跡のⅤ字回復」の立役者、武内彰校長が、「自分で勉強する子」の育て方を明かします! 「文化祭でがんばった子ほど、東大に行く!」という、その真意とは!? 大学生未満の子を持つすべてのお父さんお母さん、必見!!

 今年も、日比谷高校の校舎の建つ小高い丘に、桜が咲き始めました。

 教師にとって、春は特別な季節です。

 3年間、これ以上はないというくらいに中身の濃い日々をともに送った子供たちがそれぞれの進路に旅立つのを見送り、胸に一抹の寂しさを抱える。そこへまた新しい顔ぶれが、新しい風を吹き込んでくれます。今年は、いったいどんな子どもたちと出会えるのだろう……?

 子どもたちとの真剣勝負がまた、一から始まるのです。

 はじめまして。武内彰と申します。

 都立日比谷高校に校長として赴任し、今年6年目を迎えました。

「日比谷高校」といえば、誰もがその名を聞いたことがあるというくらい、全国的にも有名な高校です。創立139年というその長い歴史の中で数多の政治家や官僚、財界人、学者等を輩出し、全盛期には現役浪人合わせて200名近くの東大合格者を出していたこともある、公立のトップ校として知られる学校です。

 ですが、ここ20年ほどは、「名門の凋落」「公立の衰退」などといったマイナスイメージの言葉とともに語られることが多かったかもしれません。ようやく最近になって、「復活」の2文字とともに、メディア等で校名を目にされた方もいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 昔から週刊誌で人気のある企画に、「高校別・東大合格者数ランキング」というものがあります。日比谷高校は、東京都の教育制度の影響で、長い間、そのランキングで低迷していた時代がありました。東大合格者数1名という年もあったほどです。かつての名門校のおもかげはどこにもありませんでした。

 その流れを変えたのが、2001年に始まった、石原都政における教育改革です。「都立復権」をスローガンに、「悪しき平等主義」と言われた学校群制度を完全撤廃。ここに、日比谷高校はかつての輝きを取り戻すべく、新たなスタートを切ったのです。

 それから数年。まったくの不意打ちといっていいくらいに突然の辞令がくだり、日比谷高校に赴任したのが私でした。

 忘れもしません。着任当初、まだ慣れない校長室に身を置いた私に、一本の電話がかかってきました。

「武内先生、あなたにお願いしたいのは、日比谷高校の進学実績のV字回復です。よろしくお願いしますよ」

 電話の主は、東京都教育委員会の人事部担当者。それだけ言うと、電話はさっさと切れました。さあ、どうしたものか……。呆然と受話器を握りしめたのを覚えています。

 赴任当時の私は51歳。都立高校の校長になってわずか2年でした。

 定時制から教育困難校、中堅校まで、多くの高校で20年以上教えてはきましたが、進学校での教師経験自体は、豊富とは言えませんでした。日比谷高校の職員室を見渡せば、私より年上のベテランの教師たちがずらりと顔を並べています。まして、私自身は東大出身ではありません。

 「改修工事担当校長」

 陰で、私はそう呼ばれていたようです。私が赴任したとき、日比谷高校はちょうど、校舎の改修工事を控えていて、生徒たちは仮設校舎で勉強する予定だったのです。一年後には校庭も一時的に使えなくなり、体育大会は外部の運動場を借りて行うことになっていました。子どもを積極的に仮設校舎で勉強させたい親はいませんから、入学希望者も減るだろう。改修工事担当校長というのはつまり、工事が終わって学校が落ち着くまでの〝つなぎの校長〟という意味です。

 しかし、つなぎでもなんでも、校長は校長です。そして、「V字回復」というはっきりとしたミッションが与えられているのです。経験が少ないことなど、言い訳にはなりません。

 東京都の真ん中、千代田区永田町に位置し、校舎の窓から国会議事堂を望む日比谷高校は、全国の公立高校のフラッグシップ(旗艦)校でもあります。学力において、私立の中高一貫校の躍進は目覚ましく、公立高校はもはや敵わないというのが、常識になりつつありました。しかし、公立には公立の役割があります。私立の後塵を拝してばかりいるわけにはいかない、というのが、教育委員会と私たち日比谷の教師たちの認識でした。

 与えられたミッションは重いものでしたが、私には、ひとつの確信がありました。それは、教育困難校であれ進学校であれ、「子どもが伸びる条件は同じ」ということです。

 教師の異動がなく、その学校ならではの教育方針や教育法が上から下まで行き届いている私立と比べ、公立の教師は長くて6年で異動があり、教える生徒も実にさまざまです。教え方も、ひとつのやり方で通用するわけではありません。

 しかし私は、それまでに赴任したどの学校においても、授業の中で、生徒がキラリと目 を輝かせる瞬間を、何度も見てきました。その瞬間を経験すると、子どもたちはがらりと変わり、自ら伸びていくのです。

 もちろん、教育困難校と進学校では、生徒の学力には開きがあります。けれど、子どもが純粋に「知」に触れたとき、どの子の目も輝きだすのです。

 あの目の輝きの記憶を頼りに、日比谷でもやっていこう。

 V字回復? 結果はきっとあとからついてくる!

 今春、日比谷から、33名が現役で東大に合格しました(浪人生を合わせると45名)。現浪合計では2016年の53名には及ばないものの、現役合格者数は近年で最高を記録しました。もちろん、公立校ではトップです。学年で10人にひとりが東大に現役合格した計算になります。
 「日比谷の復活は本物か?」と問われれば、東大合格三桁時代に比して、まだまだ道半ばと言わざるをえないでしょう。しかし、6年間かけて準備ができる私立の一貫校に比べ、たった3年しかない公立校でも、やり方しだいで互角に闘うことができるのだということを、子どもたち自身が身を持って証明しているのではないでしょうか。

 彼らは、勉強ばかりしているわけではありません。日比谷のモットーは、昔も今も文武両道。部活も、学校行事も、全力で取り組むのが日比谷生です。なんといっても、3年間の集大成である9月の文化祭まで、クラス一丸となって全力投球するのが伝統なのです。

 そんな時期まで、勉強以外のことにかまけていて大丈夫!? そう、みなさん驚かれます。

 でも、私は断言します。最後まで文化祭を全力で頑張った子ほど伸びる。そして実際に、そういう子が、現役合格を勝ち取っているのです。ここにも、子どもが伸びることの本質が隠れている気がします。

 日比谷での取り組みとその成果から私たちが導いてきた子どもが伸びる条件」。それを私は、8つの条件としてまとめましたが、本連載では、そのうちの一部をご紹介してゆきたいと思います。

 私たち大人は、そんな子どもたちといかに接し、導いてあげるべきなのか。どんな環境を用意すればよいのか。本稿をお読みくださった、子どもを持つ親のみなさん、教師のみなさんになんらかのヒントになれば、と願っています。

 私は、学校に完成形はないと思っています。学校は生き物です。つねに、有機的な生命体のように、脈を打ち、成長や停滞を繰り返しています。

 どうすれば、成長し続けられる生命体になれるのか。そして、生命体を構成する子どもたち一人ひとりを、限られた3年間という時間でどれだけ伸ばすことができるのか。

 今もそれを考えない日はありません。ですから、ここに記したことは、あくまでも現在進行形の取り組みであることをご承知おきください。

 前置きが長くなりました。

 では、私たちの、子どもを伸ばす取り組みの過程の一端を、どうぞご覧ください。

名門・日比谷高校の校長先生が明かす、「自分から勉強する子」の育て方!

この連載について

学ぶ心に火をともす8つの教え

武内 彰

東大合格者数を急増させて話題となった、“かつての名門”日比谷高校。2003年には年間たったの3名にまで凋落していましたが、2016年には53名、2017年には45名を輩出しました。この「奇跡のⅤ字回復」の立役者、武内彰校長が、「自分で...もっと読む

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Singulith 面白い。期待。  >|学ぶ心に火をともす8つの教え  https://t.co/RlqaeeBlxN 約1年前 replyretweetfavorite

ota21century 自分用メモ。 1年以上前 replyretweetfavorite

akkiida88 宣伝です。 1年以上前 replyretweetfavorite

OsamubinLaden 素晴らしい  1年以上前 replyretweetfavorite