将棋名人が誕生してちょうど400年目を迎えた昨年(2012年)、歴代名人たちについて語った ── 私は実力制に移行してからの名人すべてと対局した経験を持っているんですね ── 『将棋名人血風録』という新書を角川書店から出させていただきました。
思った以上に好評で、あちこちで取り上げられまして。電車に乗っているときにも、「おもしろかったです。あんな本をずっと読みたいと思っていました」とよく声をかけられました。実際、よく売れましたので、出版社にも喜んでもらえたんですね。
で、その本の編集者とお茶を飲んでいたときでした。
「棋士のなかには大天才・中天才・小天才というのがいる」
と私が口にしましたら、「先生、それおもしろいじゃないですか!」と。では、「いまの将棋界に大天才はいるかな」と考えたところ、やはりなんといっても羽生さんだろうと思ったんですね。
羽生さんは将棋界を超えたスターです。将棋を知らない人でも羽生さんは知っている。1996年には七冠制覇、すなわち将棋界の七つのタイトル、竜王・名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖のすべてを同時に持つという空前絶後の偉業を達成し、いまも王位、王座、棋聖の三冠を保持しています。
どうしてそんなに強いのか、頭のなかがどうなっているのか、興味があるのは将棋ファンだけではないでしょう。そこで、羽生さんを俎上にあげ、「天才とは何か」を考察してみようと思ったわけですね。
じつは私、かつて「神武以来の天才」と呼ばれたことがあるんです。中学生でプロになり、休むことなく昇級を重ね、18歳でA級八段になったころのことでした。つまり、天才が天才ならではの視点で天才を語る(笑)。
羽生さんについて書かれた本は世の中にたくさんあるようですが、その点がこの『羽生善治論』のユニークなところではないかと思います。
将棋盤を挟んで垣間見た
「羽生善治の天才性」に迫る
本書では、羽生さんの強さの秘密や特長を解き明かしながら、羽生さんの天才性に私なりに迫ってみました。比較対象として、羽生さんにとっては大先輩であり、私にとっては懐かしい顔ぶれである大山康晴15世名人や中原誠16世名人、米長邦雄永世棋聖、それから羽生さんのライバルである谷川浩司九段(17世名人)、森内俊之名人(18世名人)、渡辺明竜王(永世竜王)といった現役棋士たちも登場します。ですから、この本は羽生さんを語りながら、将棋史に名を残す天才棋士たちを語るものでもあるわけですね。
もちろん、私と羽生さんが繰り広げた“天才対決”についてもかなりを割いています。なかでも1993年1月に行われたB級1組順位戦での対局は、いわゆる“羽生マジック” ── それがどういうものかは本書を読んでください ── が炸裂し、羽生さんが名人に、そして一気に七冠に駆け上がる大きなきっかけとなった対局のひとつ。
羽生さんにとっても非常に印象が強かったらしく、名人を獲ったときの自戦記で次のように書いていました。
「B級1組十回戦の加藤一二三先生との将棋は大苦戦で、終局の十分前まで必敗の将棋が続いていた……その時の苦労を思うと、(A級への)昇級が決まった瞬間は、意外とすんなり決まったな、という印象だった」
羽生さん、よっぽど苦しかったようですね(ニンマリ)。もちろん、羽生マジックを呼び寄せるきっかけとなった(?)、対局中に羽生さんが見せた驚くべき行動についても、私の見方を述べています。
『羽生善治論』を書くことになったのは、じつはもうひとつきっかけがあります。羽生さんが、あるインタビューでこう言っていたんですね。
「もう記録には関心がない」
この発言は、羽生さんが通算タイトル獲得数で大山さんを抜いて歴代1位になる前のものでしたが、要するに「もはや勝ちには必ずしもこだわらない」ということでしょう。とすれば、現在40代前半の羽生さんはこれから何を目指して将棋を指していくつもりなのか、ぜひともそれを探ってみたいと思ったんですね。
そして、羽生さんのあらゆる棋譜を検討した結果、その答えは前人未到の永世七冠(七大タイトルすべてで永世資格を得ること)をかけて渡辺竜王に挑んだ、2008年の第21期竜王戦の第7局にあったのではないかと感じました。
この竜王戦で羽生さんは、3連勝4連敗という屈辱を味わったのですが、この第7局では必勝のかたちをつくりあげていた。つまり、永世七冠を目前にしていたのです。それなのに、なぜか羽生さんはそこから崩れてしまった。
私は、その原因について大胆な推論をしてみました。読者にとっては驚くべき内容になっていると思いますし、「もう記録には関心がない」という羽生さんの言葉の意味を探る考察にもなっているはずです。
雪辱をかけて──
羽生さんが2年連続の名人位挑戦へ
さて、その羽生さんが森内名人に挑戦する第71期名人戦が4月9日からいよいよはじまります。ふたりの対決は三期連続となり、2011年は森内さんが羽生名人に挑戦し、4勝3敗で名人を奪取。昨年は、今度は挑戦者として挑んできた羽生さんを森内名人が4勝2敗で退け、防衛に成功しました。
つまり羽生さんは連敗中 ── ちなみにその原因についても本書で触れています ── なのですが、ここで言いたいのは、二期連続挑戦者となることがどれほどすごいかということ。挑戦者に名乗りをあげるためには、トップ棋士がしのぎを削るA級順位戦を勝ち抜かなければならないのです。これがどんなに困難なことか。事実、これまで二期連続挑戦者となったのは升田幸三さん(1953、54年)、大山さん(1958、59年)、米長さん(1979、80年)の3人しかいません。
このうち奪取に成功したのは大山さんだけですが、興味深いのは、今回の羽生さんの置かれた状況が大山さんに似ていることでしょう。大山さんは五期連続守った名人位を1957年に升田さんに奪われた後、そこから2年連続挑戦者となり、名人を奪い返しました。
一方、羽生さんもまた、名人位を森内さんに奪われた雪辱をかけて、今回が昨年に続く2年連続の挑戦となります。
果たして結果はどうなるか。ぜひとも本書を手元に置いて(笑)、ぜひみなさんの目で確かめてください。
※4月9日(火)掲載分の次回より書籍のダイジェストを掲載いたします。
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