コアラのぬいぐるみは、20歳の誕生日を迎えた

ケーキ屋の女の子がおまけしてくれた、なぜか41本のろうそくが燃え盛るケーキを持ち、星太朗はムッシュの誕生日を祝った。プレゼントはないかと聞くムッシュだったが、星太朗が美味しそうに食べているケーキこそ、ムッシュへの誕生日プレゼントだった。
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

「うわわわわわわわ!!」

 星太朗が電気を消してケーキを持ってくると、ムッシュは逃げ回った。

「ハッピバースデームッシュー ハッピバースデームッシュー」

 ケーキに四十本のろうそくが灯ると、それはもはや小さな火事だ。いや、ムッシュから見ると小さくもない。それなのに、星太朗は笑いながらつかまえようとしてくる。

「ハッピバースデー ディアムッシュー」

 ぼうぼうと燃え盛るケーキを持ちながら、星太朗は呑気に歌っている。

 ムッシュはその歌が終わるのを待たずに、おもいっきり息を吹きかけた。が、火は微動だにしない。ヒゲがふわりと浮いただけだ。

 それを見て星太朗は再び歌い出すと、

「ハッピバースデー ムッ……」

「シュ~」の代わりに、おもいきり息を吹きかけて鎮火させた。


「うまっ」

 星太朗が穴ぼこだらけのケーキを頬張る。

「ムッシュも二十歳。ついに大人かぁ」

「いや、いきなり四十歳になっちゃったよ」

 ムッシュは役目を終えたろうそくを、一本ずつ数えていた。

「あれ、四十一本あるし……」

「あ、予備も入れとくって言われたんだった」

 星太朗が笑うと、

「四十一かい……最悪だ。前厄だし」

 ムッシュはろうそくをケーキに突き刺した。

「まぁでも、そのくらいの歳の方が似合うよ、ムッシュのヒゲは」

「そうかなぁ……」

 と言いながら、ムッシュはまんざらでもない。ヒゲを触って形を整える。

「ねぇねぇ、プレゼントは?」

「え? これがプレゼントでしょ」

 星太朗は唇に付けた生クリームをぺろりと舐める。

「えっ食べれないし! ひどっ……。むしろケーキある方がひどいし! 鬼! 鬼畜! 人でなし! 悪魔!」

 ムッシュは激怒して、ソファの上にドカッと転がった。

「なんだよ、昔プレゼントあげたのに、いらないって言ったの自分だろ」

「昔? あぁ、あのもじゃもじゃのこと?」

 ムッシュは一歳の誕生日のときに、星太朗にもらったヒゲのことを思い出す。

 綿をただ黒く塗っただけの、もじゃもじゃのヒゲ。

 つけると星太朗は笑い転げ、写真まで撮ろうとしてきたのだ。

「だって、あれ超ダサいんだもん」

「なんだよ、がんばって作ったのに」

 星太朗はケーキを半分食べると、残りをお母さんの遺影の前にお供えした。

「やっぱまだ子どもだね。あのカッコ良さがわかんないなんて」

 背中を向けたまま言ってくるので、

「子どもでけっこう」

 ムッシュはぷいっと、わかりやすくふてくされた。

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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