星太朗はその願いを叶えるために、まずは布団に入り、泥のように眠った。
ムッシュはその寝息を聞きながらお母さんの本を読んだ。体の泥はもう乾ききっていて、本を汚す心配はなかった。
午後になると、缶に詰めていた薬やお守りをテーブルに並べていった。一定間隔の隙間をあけてきっちり整列させると、異国の奇天烈な図鑑のようにみえる。
嬉しくなって襖を開けるが、星太朗はまだ眠りこけている。でもその寝顔が、ムッシュの気持ちをほっとさせた。
太陽がやっと疲れを見せ始めた頃、星太朗は起きてきて、半開きの目でテーブルを見つめた。
「なんかかっこいいでしょ」
ムッシュが自慢げに言うと、星太朗はその中で一番怪しげな小瓶を手に取った。中身が見えない真っ黒な小瓶に、黄金色のシール。
『万物蘇生秘薬・河童ノ尻子玉』と書かれている。
「これ、どこで買ったの?」
「中国アルヨ」
ムッシュは一昔前の香港映画の吹き替えのように答える。
「ほんと便利な世の中だよねぇ。ぼくでも世界中で買い物ができるんだから」
その仕組みにムッシュはうなりつつ、人間の恐ろしさも感じながら買い物をしていた。
「でもやっぱ実物は写真より怪しいね。さすがにそれはよした方が」
そう言ったのと同時に、星太朗は蓋を回して尻子玉を飲み干した。
「あっ!」
星太朗はフリーズした。
瞬きもせず、息もしていないように見える。
数秒間の沈黙の後、すっくと立つと、滑るような動きでトイレに入った。
「おぉぉおえぇぇぉえぇ」
ドアの向こうから、口から出たとは思えない音が聞こえてくる。
「せいたろ、大丈夫!?」
「くっそマズイ……」
「くっそ?」
「くっそ」
二人はそう言い合ってから、ドアを挟んだまま笑った。
星太朗がくっそ下品な言葉を使うのは珍しい。子どもの頃の星太朗が帰ってきた気がして、ムッシュは久しぶりにしっぽを振った。
「よしっ。じゃあ次は……」
星太朗はスッキリした顔で出てくると、ムッシュをひょいと抱き上げた。
「次は?」
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