階段を駆け下り、そのままの勢いで団地の裏へ回る。ベランダの下を捜すが、ムッシュはいない。一階の部屋からこぼれる明かりを頼りに、生い茂る雑草をかき分けるが、どこにも見当たらない。
「ムッシュ!?」
公園じゅうを駆けながら大声で叫ぶ。タコ山へ駆け上るがムッシュはいない。遊具にもベンチにも砂場にも、どこにもいない。
「ムッシュ!!」
公園を飛び出すと、遠くのベンチにカップルが座っているのが見えた。
「す、すみません! あの、コ、コアラ見かけませんでした?」
息を切らしながら声をかけると、カップルは目を見合わせた。
「コアラ?」
「このくらいの大きさで、白っぽいんです、あ、ヒゲも生えてて、ぬいぐるみなんですけど」
星太朗は自分が何を言っているかわからないほど混乱していた。
「いや、見てないですけど……」
不審者を見るような目で男が答え、女はそっと男の手を握る。
星太朗はお礼を言うのも忘れて走り出した。
団地の敷地を駆け回るが、どこにもいない。
給水塔にやってくると、思わずその柵に両手をついて嗚咽してしまった。異常なほど呼吸が乱れ、意識が朦朧としてくる。整列した団地の窓明かりが波打ち、給水塔がぐにゃりと曲がって見える。
まずい。今倒れてしまったら、ムッシュは……。
そう思い、地面にへたり込む。深呼吸を繰り返しながら、落ち着け、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。
数分が経ち、なんとか落ち着いてくると、ベランダの紐を引き上げたまま飛び出してしまったことに気が付いた。
再び三階まで上ると、体も頭も、悲鳴を上げていた。
玄関のドアに靴を挟み、半開きで固定する。
よろよろとベランダに戻り、紐の先を外に落とすと、そのまま床に倒れ込んだ。
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