電気サーカス 第72回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、サイトを通じて知り合った友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活中。OA機器の修理会社で働く合間を縫って、真赤と京都旅行を満喫した、その数日後……。

 アメリカで未曾有のテロ事件が起きた影響で、赤坂のアメリカ大使館付近には、大がかりな検問が敷かれていた。
 普通のオフィス街に、こうして物々しい警備が敷かれているという状況は、現実感がない。車の通行を制限するバリケードが築かれ、警察官が辻という辻に立ち、道行く人間の足を止めている様子を眺めていると、昔に遊んだゲームを思い出す。
 あのテレビゲームは、東京の街に大量に悪魔が出現するというもので、路上をうろついていると悪魔に取り憑かれた人や、ゾンビとなって蘇った警察や軍隊が襲って来る。アメリカ大使も悪魔の化身で、東京にミサイルを落とす。僕はあのゲームで、東京の赤坂にアメリカ大使館があるということを知ったのだっけ。
 ゲームの主人公は悪魔を召喚するコンピューターを持っていたが、今の僕はプリンターの修理パーツを持っていた。そのパーツは、金属とプラスチックで出来ていて、配線が飛び出している。そしてバッグには、ぎっしりと工具が詰まっている。目的の会社は検問の内側にあったので、通行時に警察にこの荷物を見せることになった。不審な顔をする警官に、これはプリンターの部品で、修理に使うんですよと説明して、通してもらった。機械について、思ったより追求されなかったので拍子抜けだ。これならば、パーツのなかに、爆弾を隠し持っていたとしても通過出来たろう。
 その日の最後の仕事が終わると、急に雲行きが怪しくなって、雨がぽつぽつと降り出した。傘を買うためコンビニを探そうにも住宅地のど真ん中で、雨宿りする場所もない。駅までも遠い。
 すぐに土砂降りになって、鞄を体で隠すようにしながら走り出すと、息が切れた。もう夏は終わったというのに、炎天下を歩いた体はどこか壊れてしまったのか、今でも微熱が落ちないまま続いており、喉の奥が痛く、いつもうっすらと吐き気がする。
 ずぶ濡れになりながら駅まで辿り着き、会社に連絡しようとしたら、ポケットの内側まで水が入り込み、取り出した携帯電話は濡れている。いくらボタンを押しても、電源が入らない。先週新品に取り替えたばかりなのに。
 花園シャトー107号室は、今日も足の踏み場がないほどに散らかっている。廊下に放り出された誰かのTシャツを、濡れた靴下を穿く僕の足で踏みつけて歩く。奥の扉から光が漏れている。あの部屋は、つい先週までT川君がいたけれど、今は逆野が使っている。
 逆野がU君と折り合いが悪くなったとかで、部屋を交換したのだ。一緒にやっていた音楽サークルも、抜けたらしい。僕は経緯を全く知らなくて、結果だけを知らされた。一体、どんなトラブルがあったというのだろう。ついこの間まで、仲間を呼んでわいわいと騒ぎ、仲良くやっていたのに。
 タミさんの部屋の明かりは消えている。もう眠ったのか、それとも遊びに出かけているのか。共同生活をしていると言っても、一々その行動を把握しているわけではない。
 濡れたシャツを洗濯機に入れて、自分の部屋のドアを開けると、明かりをつけたまま真赤は寝ている。奥の鳥かごで、文鳥の雛が、物音を察知してチュンチュンと鳴いている。真赤とタクシーに乗って、ホームセンターで選んだ時は、まだ桃色の肌にうっすらと細い羽毛が生え始めたばかりの醜い姿であったが、大分鳥らしくなって来た。
 鳥かごのそばに置かれた給餌用のスポイトには使った形跡があったけれども、真赤の餌のやり方は恐ろしく下手くそなので、信用出来ない。適温のお湯でふやかした餌をスポイトの先端から押し込み、雛の口元に近づけると大きく開く。欲しがるのをやめるまで餌を与えると、もう日付が変わっていた。明日は休むことが出来ない。今すぐ寝ても睡眠時間が足りない。体に蓄積された疲労が回復しないまま次の朝がはじまる。
 柾木社長に電話をし、近いうちに仕事を辞めたいのだと相談すると、一度会って話をしようという流れになった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

週刊アスキー

この連載について

初回を読む
電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード