捨てるなんて、もったいない
11月半ば、サトイモを掘り上げた。
収穫まで出来がわからないので心配したが、掘ってみればじゅうぶんすぎる収穫量である。
子イモをほぐしとった後、残った親イモをコンポスターに放り投げると、
「あーだめ、捨てないで!」
夫があわてて拾い上げた。
それは、ネズミの尻尾のような太い根を何本もぶら下げた、不気味な物体だ。そのぶらぶらをなでながら、「これも食べたい」という。
夫が抱きしめていた親イモとは、これです。これが何なのかは、後ほど説明しますね。
「親イモなんて食べないよ。去年煮てみたけど、かたくておいしくなかったでしょ」
「もっと長い時間煮ればやわらかくなるよ」
「こんなに子イモがあるんだから、これを食べればいいじゃない」
子イモどころか、孫イモもたくさんついている。
収穫直後のサトイモは、驚くほどうまい。とりたての野菜はたいていおいしいが、なかにはスーパーで売られているものとは、味のまったく違うものがある。サトイモもその一つだろう。あれを再び味わえるのかと思うと、口元がむにゃむにゃ動いてしまうよ。
しかし夫は、巨大な親イモを抱きしめて、はなそうとしない。
「ぼくはどうしてもこれを食べたい。捨てるなんて、もったいないよ!」
天の川のしずく
親イモに子イモ、おまけに孫イモなんて、なんのことだ? と首をかしげる方のために、サトイモの育ち方をご紹介しよう。
サトイモは、種イモから育てる。我が畑では、毎年5月の連休に、あらかじめ芽出しをしたサトイモを畑に植えつける。
やがて出る芽は、葉がくるくると巻いたものだ。のびるにつれて、その葉が開いていく。長くのびる部分は「茎」ではなくて「葉柄(ようへい)」で、サトイモの地上部は、すべて葉っぱなのだ。
その葉は巨大だ。長さは私の身長(158㎝)を超え、1枚の大きさは座布団ほどにもなる。夏の畑は、広がったサトイモの葉で、ワニでも出そうな南国感が漂う。
サトイモを1つ植えただけで、この、ひと株分の葉を出します。プランターに植えれば、ひと夏の観葉植物としても楽しめそう。
ワニはともかく、カエルはよく出ます。サトイモの葉柄で休憩中。
東南アジアで生まれたサトイモは、暑さと湿気が大好きだ。早起きをして水やりに行くと、感動の光景を目にする。
サトイモの葉の上に、朝露の玉が輝いているのだ。
旧暦七月七日の七夕。昔の人は、この朝露を集めて墨を磨り、梶の葉や短冊に和歌や願い事をしたためた。
サトイモの朝露は天の水。空を仰いで開くサトイモの葉が、夜のあいだに天の川のしずくを受け止めたと考えたらしい。なんというロマンチックな発想だろう。
天の川のしずくです。サトイモの葉の表面には細かい凸凹があり、私の肌とは比べものにならないほど水をはじくのです。
サトイモの朝露は、葉の下から見るのも楽しいんですよ。
そんな美しい葉に見とれているころ、地中ではドラマチックな変化が起きている。
植えつけた種イモの上に「親イモ」と呼ばれる大きなイモができ、それを囲むように、いくつも「子イモ」がつき始める。
旧暦八月十五夜の月は「芋名月」。収穫期を迎えたサトイモを、団子やススキとともに月にささげる地域も少なくない。
けれど我が畑では、芋名月のころはサトイモの収穫には少し早い。掘り始めるのは、植えつけから6か月を過ぎた(新暦)11月の上旬。食べる分をそのつど掘り、霜が降りる前にはすっかり収穫して、保存するというわけだ。
奇怪な風貌
「ねえねえ、これなんですか?」
初めてサトイモを掘ったとき、その根元に何やら発見して、私は隣のN村さんを呼びつけた。
「サトイモの根元から、何か出てるんですよ」
私が指さすものを見て、N村さんは「ありゃー!」と声を上げた。
「ほんとはね、ここに土寄せをしなくちゃいけないの。これが子イモ」
なんと、すでに子どもの頭が出ている状態でした(涙)。
地上に出てしまったサトイモの子は、かたくて食べられない。そうならないように根元に土を寄せ、子イモの露出を防がないといけなかったのだ。
そんなこんなであわてて掘ったサトイモだったが、土から現れた物体を見て、私は正直腰がひけた。
「なんだこれ……」
地上部の美しさからは想像もつかない、奇怪な風貌だ。
土まみれでは実体がわからないので、洗ってみました。『パイレーツオブカリビアン』に出てきたタコの怪物に似ていますね。
ここから子イモをかきとるわけだ。子イモには、さらに「孫イモ」がついていることもめずらしくない。
子孫繁栄を喜びならがそれらをほぐしとると、最後に巨大なイモが残る。それが、夫が食べたいと言ってきかない、「親イモ」なのである。
親イモから根を取り除きました。見るからにかたそうです。
おでんにしてよ
「捨てるなんて、もったいない!」
夫が親イモを食べたがるのには、わけがあった。1週間ほど前、地方へドライブに行った際、直売所でサトイモの親イモが売られていたのだ。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。