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夢のような出来事から、一ヶ月ほどが経った。
暑さはだいぶ和らいでいるが、蝉の声は大きさを増している。
仕事を完全に辞めたので、星太朗が執筆に費やせる時間は倍になった。だけど、書ける量はそれほど変わらなかった。次第に頭痛の頻度は増し、吐き気をもよおすこともある。それを抑えるために薬を飲むが、その度に強烈なだるさと眠気に襲われていた。
それでも、一日に三時間は机に向かっていた。
努力をしているわけではない。辛くても、そうしていないと心が落ち着かなかった。
放置していた携帯が珍しく鳴って、メールが届く。
『久しぶり。元気? 今度ご飯でも行かない?』
西野さんからだった。
星太朗はその文字をじっと見つめてから、腰を上げた。
洗面所の蛍光灯を点け、鏡を見つめる。たったひと月でだいぶ面変わりしていた。日に日にやつれていく頬に触れると、かさかさに乾いている。
それを直視するのが嫌になり、すぐに電気を消した。
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