ラブホテルの大きなバスルームに、ドサッとリュックが投げ込まれる。勢い良くドアが閉められると、ムッシュはリュックのチャックをこじ開けた。やっと外の空気を吸うことができる。
ドアに耳を当てるが、何も聞こえてこない。
ムッシュの知恵と経験をもってすれば、このドアなら開けることは難しくない。だけどここは一つ大人になって、邪魔をしないことに決めた。
「がんばれ。せいたろ」
ドアに向かって男前につぶやくと、回れ右をした。
洒落たアクリルのイスに上って、丸くて大きなジャグジーに飛び乗る。脇にあるボタンを押すと、お湯が勢い良く噴き出した。
「おぉ」
隣のボタンを押すと、ダウンライトがふわっと消えて、ジャグジーの中が青く光る。
「おおぉ」
もう一度押すと、それは青から紫に変わり、押す度に緩やかに色を変えていく。それを一周させてから赤に決めると、立ち込める湯気のなか、ノリノリで歌い出した。
それはムッシュが、倫太朗コレクションの中で、ダントツにカッコいいと思っていた曲。
山口百恵の〈プレイバックpart1〉だ。
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あの~夜が 初めてだったの あ~た~し~
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