自分の送別会から先輩女子と抜けだし、公園で告白する

星太朗が勤める出版社・ろば書林の社員たちが、社長のおごりで送別会を開いてくれた。退職する星太朗を惜しんでくれる同僚たち。そんな折、星太朗の気になる女性・西野さんと話す機会がやってくる。「なつめさん」そう西野さんを下の名前で呼んだのは、星太朗ではなくコアラのぬいぐるみ・ムッシュだったが、この一言で星太朗は覚悟を決め……。
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

 駅前にある古びた居酒屋。その二階の座敷で、ろば書林の社員たちが騒いでいる。

 一同は社長のマジックショーに驚き、手を叩いて盛り上がっていた。今日は社長の奢りと聞いていたので、皆いつも以上に社長を手厚く持ち上げている。だが珍しく全員が揃っていたのは、タダ酒が飲めるからではない。星太朗の送別会だからだ。

 十数人の同僚たちは皆、星太朗が退社するのを本気で寂しがってくれた。

 そのせいもあってかお酒のペースは速く、八時を回る頃にはほとんどの人ができあがっていた。

「で、旅ってどこ行くんすか?」

 座敷の奥に寄りかかっていた星太朗は、からまれるように小南くんに質問される。

「えーと……まぁ、色々……」

「色々ってなんすか。どこっすか」

 その口の利き方は先輩に対するものとは思えないが、星太朗は怒らない。いちおう語尾が敬語風になっているので、社会人のルールからはぎりぎり外れていないはずだ。

「あぁ、えーっと……ハワイかな……」

 星太朗はしかたなく嘘をつく。不自然な顔は隠せないが、相手は酔っぱらっているのでバレないだろう。

「え、ハワイ!? まじっすか。え、自分探しの旅にハワイ行く人とか、いるんすね」

 小南くんが憎たらしく笑う。数年前に初めてこの笑い方をされたときには、頭をはたいてやりたいと思った。でもこれはわざとではなく、自然と出ているものだと気付くと、逆に不憫に感じることができた。

「まぁ、ハワイだけじゃないよ、あと、パプアとか……」

「え、パプア? パプアって、パプアニューギニアっすか。パプアって、どこにあるんすか」

「あぁ、オーストラリアの北の方だよ」

 どうしてとっさにパプアが思い浮かんだのか、自分でも不思議だったが、幸いなことに場所は知っていた。

「へ~、パプア行って何するんすか? って自分探しっすよね。えー、自分って、パプアに行けば見つかるんすかねぇ」

 小南くんがビールのピッチャーを取り、星太朗のグラスに注ごうとする。そこへ、社長が割って入ってくる。自分のジョッキにビールを注がせ、小南くんの肩を叩いた。

「おまえも自分探しに出た方がいいんじゃないか?」

「え?」

「こないだ吉原先生から大目玉くらったの、黙ってただろ」

「え……あ、いや、それは違いますよ」

 小南くんがさっきの星太朗ばりに不自然な顔になる。社長はその腕を掴んで、「ちょっと来い」と立ち上がった。星太朗の方をチラっと見て、二枚目の顔でウインクを投げる。

 星太朗はほっとして、会釈でお礼を言った。ウインクさえなければすごくカッコ良かったのに、と思いながら枝豆をつまむ。

「飲んでる?」

 隣に西野さんがやってきて、グラスにビールを注ぎ足そうとしてくる。

「あ、いや、僕ウーロン茶なので」

 すっとグラスを引くと、

「じゃあちょうどいいや」

 西野さんはそれを奪い、ゴクゴクと飲み干した。

 星太朗はドキッとした。

 これは、間接キスだ。

 小学生の頃、クラスの男子はみんな、放課後にこっそり好きな子のリコーダーを咥えていたが、星太朗はどうしても、できなかったことを思い出す。

「私、好きだったんだよねぇ」

「え……?」

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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