動物たちの昼と夜の顔はぜんぜん違う。どっちが本当の姿なのか

夜の動物園への秘密の入り口を知る少女・夢子を追って、星太朗とコアラのぬいぐるみ・ムッシュは動物園の侵入に成功する。園内を進んだ先にいるのは、昼間とはまるで様子の違う動物たち。星太朗は夢子に怖くないかと尋ねるが、逆に夜の動物たちこそがほんとの動物の姿だと言い返されてしまう。
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別先行掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

 まぁ、ちょっとおかしな子ではあったけど、相手は小学生だ。変なことに巻き込まれることはないだろう。それに試してみたいこともある。

 星太朗はそう思い、九時まで待つことにした。

 駅前の古ぼけた本屋でムッシュに新書を買ってやり、その向いの喫茶店で過ごすことにする。

 だいぶくたびれた喫茶店だったが、薄暗い照明にうっすら流れるジャズがマッチしている。カフェではない。まさに喫茶店。だからといってコーヒーはべつだん美味しいわけでもなかったが、星太朗にとってもムッシュにとっても、そこは居心地の良い空間だった。

 ムッシュはリュックの中で、〈聞き流す力〉という新書を読みふけっている。星太朗は図書館で借りていたミステリィ文庫を読む。500ページを超える分厚いものを持ってきたのは正解だった。


 九時前になり、コーヒーとナポリタンの代金を払って店を出る。

「聞き流す力、どうだった?」

 星太朗が聞くと、ムッシュは眠そうに答えた。

「聞き流すべき内容だったよ」

 それからムッシュの文句が止まらなくなり、星太朗はそれを聞き流しながら動物園の正門にやってきた。

 そこは全くひと気がなく、夏とは思えないほど寒々しい空気が流れている。

「こんな時間に、どうすんだろ……」

 星太朗は弱音を吐く。昼間は色鮮やかだった門が闇に染まっているのを見ると、やっぱり、来たのは間違いだったような気がした。

「きっとお父さんが飼育員なんだよ。それでこっそり入れてくれる」

「だといいけど……」

 風が吹き、木々のざわめきに星太朗の声がかき消される。

 そのとき、背後からぼわっと光る顔が現れた。

「うわっ!!」

 二人は声を上げて驚き、ムッシュは袋の中で跳び上がる。

 そこにいたのは夢子ちゃんだった。懐中電灯を下から照らした不気味な顔で、にやりと笑っている。

「ちょっ、びっくりしたぁ……」

 星太朗は芸人ばりのリアクションを見せたが、夢子ちゃんはすぐに真顔に戻った。

「なんか今、二人の声聞こえなかった?」

「え……? いや、そんな、怖いこと言わないでよ……」

 星太朗はわざとらしく辺りを見回す。これもテレビで見たようなリアクションだ。

「あれ、夢子ちゃん一人? こんな遅くに大丈夫?」

 話を変えたのはわざとではない。素直にそう思ったからだ。

 すると夢子ちゃんは歩き出し、振り返らずに言った。

「大丈夫だよ。今日は一人じゃないから」

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 1年以上前 replyretweetfavorite