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翌週、星太朗はまた病院に行った。
数日前に梅雨入りが発表され、雨が三日間降り続いていた。
駅を出ると大粒の雨が落ちてくる。ビニール傘を開いてそれを受け止めると、ぼつぼつと、傘が嬉しそうな音を立てた。
星太朗は小さい頃、雨がとても嫌いだった。星が見えないからだ。
つまらなそうにしていると、ムッシュがこんなことをつぶやいた。
「みんなは喜んでるよ」
「みんなって?」
星太朗が聞くと、
「みんなだよ。動物も、鳥も魚も、虫も葉っぱも、土もみんな」
ムッシュはそう言ってベランダに出た。
「嫌がってるのは人間だけ。うんこだって喜んでるのに」
「うんこも!?」
星太朗は思わずつっこんでしまう。
「うん。だって道ばたにひっついてるのが、きれいになるでしょ」
「あぁ、そっか」
納得しかけたものの、すぐに疑問が浮かんだ。
「でもそれって、喜ぶのは道路じゃないの? 僕がうんこだったら、雨で流れていっちゃうのいやだもん」
そう言うと、ムッシュは手をぽんと叩いた。
「たしかに」
「でしょでしょ」
「じゃあ、雨を嫌がるのは、人間とうんこだけだ」
ムッシュがそう言うと、二人はお腹を抱えて笑った。
その夜から星太朗は、雨を喜ぶことに決めた。みんなが喜んでいる。そう思うと、星が見えなくても寂しくなくなった。
窓を開けてめいっぱい空気を吸い込むと、何とも言えない匂いがする。星太朗はそれを「喜ぶ匂い」と名付けて、雨の日にはいつも喜ぶ匂いを嗅いでいた。
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